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ボヘミアンラプソディ ~ 軽過ぎた誕生秘話

もっと感動するはずだった。

しかし、それは思い違いだった。予報より早く降り始めた冷たい雨にうたれながら帰り道に考えていたことは「なぜ多くの人がいうような感動が得られなかったのか」ということだった。

導き出した結論は主に2つ。

一つは、多くの人が知らずのうちに涙すると言っていたラストの20分に及ぶ LIVE AID のコンサートシーン。Queen を知らない若い世代には感動的シーンに映ったのかもしれないが、フレディ・マーキュリーの LIVE AID の映像を何十回も見ていた小生にとって、それは感動的シーンというよりも、この映画が映画であることを強烈に印象付けられるものになってしまった。

フレディ・マーキュリー役のラミ・マレックは本物とはイメージが違うと感じていたが、物語の部分ではそれはあまり気にならなかった。しかし、最後の LIVE AID のコンサートシーンではイメージの違いが強烈に浮かび上がってしまった。

ラミ・マレックは完璧なまでにフレディ・マーキュリーの動きを再現していた。しかし、それは「再現」であり、「本物」とは動きの質が全く異なるものだった。そしてそれはこれが映画であり、演技だという印象を強く植え付ける原因になってしまった。

多くの人を感動 Max に誘ったラストのコンサートシーンだったが、残念ながら小生には気持ちをクールダウンさせるシーンでしかなかった。素人考えだが、ラストのコンサートシーンは本物の Queen の映像の方がよかったのではないかと思ってしまった。

もう一つは、名曲「ボヘミアンラプソディ」の誕生場面。

小生はフレディ・マーキュリーが性的マイノリティであることをカミングアウトしようとしたとされるこの曲の背景には、性的マイノリティであることに対するフレディ・マーキュリーの苦悩と孤独があったと勝手に思い込んでいた。

「ボヘミアンラプソディ」がリリースされたのは1975年。この年はベトナム戦争が終了した年でもある。ベトナム戦争が泥沼化した70年代前半の若者は、ベトナム戦争という抗いようのない社会の体制に襲われ、苦しみ反発していた。それがロックという反体制的な音楽の原動力となっていた。しかし、こうした社会体制から受ける苦しみはその時代の若者同士が共有することの出来た苦悩だった。

そうした時代背景の中でフレディ・マーキュリーは性的マイノリティという誰とも共有することの出来ない個人的苦悩を抱えていた。小生はそれが「ボヘミアンラプソディ」という名曲を生む原動力だと信じてきた。勿論そうであってほしいと思っていただけかもしれないが。

しかし、この映画では「ボヘミアンラプソディ」が生まれた時点では、フレディ・マーキュリーは自分がバイセクシャルである可能性を感じ始めた程度で、性的マイノリティであることを自覚し、それにもがき苦しんではいなかった。

「Mama, oooo」で始まる歌詞は、性的マイノリティであるという誰にも打ち明けられない悩みを母親に吐露し謝罪するものだと解釈していた小生には、もがき苦しまずに「ボヘミアンラプソディ」が誕生したかのような映画のストーリーは、天才的ミュージシャンが天才的な閃きでこの曲を書き上げたというベタな感動の薄いものにしか感じられなかった。

フレディ・マーキュリーという天才的ミュージシャンがもがき苦しんで生み出したのが名曲「ボヘミアンラプソディ」である、あって欲しいと勝手に思っていた小生にとって、映画の中での「ボヘミアンラプソディ」の誕生秘話は正直軽過ぎた。

映画で描かれていた苦しみはアルバム作成が3ケ月遅れているという「生みの苦しみ」だけだった。フレディ・マーキュリーが「生まれた後の苦しみ」を抱えていたからこそ「時々生まれてなければよかったと思うんだ」という歌詞が生まれて来たはずである。映画のタイトルにもなっている Queen のなかで最も重要な一曲であるだけに、そこの部分はもっと深掘りして欲しかった。生意気言えばここは解釈が浅いように思えてならない。

残念ながら多くの人を感動させたこの映画から期待する感動は得られなかった。しかし、映画を見た前後でも「ボヘミアンラプソディ」が名曲であるという考えが変わることはない。それこそが「ボヘミアンラプソディ」が名曲といわれるゆえんなのだろう。
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2019年冬講座募集開始

年明けから始まる早稲田大学エクステンションセンターでの2018年度冬講座の一般向け募集が始まりました。

年明けからは、2年間八丁堀校で続けている「2019年世界経済を見る眼」(全5回;土曜日10:30~12:00)に加え、初めて中野校で「投資で失敗しないための知識と思考法」(全5回;火曜日19:00~20:30)という講座をやります。

中野校の講座では、金融に苦手意識を持たれている方、今さら他の人に聞き難いと感じている方向けに、新聞等で報じられている出来事を金融的に理解するのに必要な知識、金融に関する基本的な知識を中心にお話します。

ご興味のある方、金融に対する苦手意識を克服したい方は是非ご参加ください。

分散投資に対する誤解 ~ 投資対象の分散と将来のリスク分散

「例えば『iFree年金バランス』は、日本の公的年金の運用を任されている年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が公表する資産配分にならい、先進国の株式や債券を組み入れている」(17日付日経電子版 「55歳からの投資戦略 利回り3%で96歳まで資産延命」

ということは、GPIFの運用がうまく行かなかった場合、将来受け取る年金の減額リスクが高まると同時に、自分の金融資産も目減りするという「共倒れリスク」が高まるということだ。。

この「共倒れリスク」は小生が「投資の常識は非常識」という講座でずっと指摘し続けて来ていること。

投資対象資産は分散されているかもしれないが、それが将来の受給年金と自分の金融資産のリスク分散になるとは限らないところがポイント。重要なことは、「分散投資」は「目的」ではなく「手段」だということだ。

「分散投資」さえすれば大丈夫というような、非現実的で無責任な主張を鵜呑みにしてはならない。「投資の常識」のほとんどは、金融商品の作り手と売り手によって作られていることを肝に銘じなければならない。長年運用してきた経験から危惧していることは、論理矛盾を含んだ「投資の常識」が多過ぎることだ。

一神教信者が抱く「売上至上主義に疑問」

「下落組に共通するのは、利益は市場予想を大きく上回った半面、売上高やその予想が市場の期待に届かなかった点だ。『売上高の減速ばかりに関心が集まり、成長性が低下したと判断された』(米投資会社スウォーズモア・グループのカート・ブランナー氏)。こうした判断は妥当といえるのか」(3日付日経電子版 ~ ハイテク株投資、「売り上げ至上主義」への疑問

何故そんなに疑問なのだろうか。

株式の価値を決める根本的要因が「利益」であることは論をまたない。しかし、様々な目的と価値観をを持った投資家が参加する「多神教」の市場で、金利が低下、緩和的な局面と、金利が上昇、引き締め局面にある時では「利益」や「売上」に対する評価が変化するのは当然のことだ。いかなる時でも「利益」に対する評価が変わらないという「一神教」の考え方こそが非現実的なもの。「PER13倍台は割安」という説教を繰り返すアナリストは、さしづめ「利益」に対する評価は不変であるという「一神教」の宣教師。

<参考記事>
「投資家は将来の利益をベースにした妥当株価を算出して日々売買している」という非現実的妄想

「投資家は将来の利益をベースにした妥当株価を算出して日々売買している」という非現実的妄想

「投資家は株価の妥当な水準を、企業が生み出す将来の利益をベースに計算し、日々売買しています」(29日付日経電子版 「読み解き株安 米IT銘柄の急落、引き金は『金利』」

こんな投資家がいるのであればお目に掛りたいものだ。

小生は兆円単位で株式の売買をしてきたが、投信や年金の運用においてはこうした基準で売買したことは一度もない。

「企業が生み出す将来の利益をベースに妥当な株価を計算」するという考え方は投資の基本だが、現実にこうした考え方で購入価格を決めるのは、ベンチャー投資やM&Aなどの場合であって、投信や年金の運用ではほとんどあり得ない。

それは、投信や年金のファンドマネージャーの仕事は、「企業が生み出す将来の利益をベースにした妥当な株価で株式を購入する」ことではなく、求められたリターンを生み出すことだからだ。

「企業が生み出す将来の利益をベースに計算した妥当な株価」が500円である企業の株が、市場で1000円で取引されていた場合、この銘柄を1000円という時価付近で購入するか、500円で購入できるまで待つかの判断は、投資資金の性質、ファンドマネージャーに求められているリターンによって大きく異なってくる。

世界最大の機関投資家と称されるGPIFは、6月末時点で41兆円強の日本株を保有しているが、その約90%はパッシブ運用である。つまり、GPIFは「企業が生み出す将来の利益をベースに計算した妥当な株価」で41兆円強の日本株を買っているのではなく、TOPIXを始めとしたベンチマークに含まれている銘柄を、その時の市場価格で買っているに過ぎない。

それは、世の中のほとんどの投資家が「企業が生み出す将来の利益をベースに計算した妥当な株価」で投資をしているわけではないことを意味している。

東証一部上場銘柄だけで2108銘柄もあるなか、全ての銘柄の「妥当な株価」を計算して日々売買をするなど非現実的かつ非効率的。

足元の市場価格の日々の動きは激しさを増している(ボラティリティが高い状況)。この記事の主張が正しいとすれば、毎日「日々妥当な株価水準が大きく変わっている」ことになる。それは説得力のある説明なのだろうか。

NYダウは10月3日の26,828$から先週末には24,688$まで2,140$、率にして約8%下落してきているが、同期間に米国の10年国債利回りは3.25%付近から、3.07%近辺まで低下している。

こうした事実に基づけば、理論上金利要因からすれば「企業が生み出す将来の利益をベースに計算した妥当な株価」は10月3日よりも直近の方が高くなっていて当然だ。

投資の基本はとても重要だ。しかし、それに基づいて「投資家が日々売買している」と思い込むのは宗教的幻想にすぎない。

基本を無視した暴走は避けなければならない。しかし、現実を無視した妄想にとりつかれた居眠り運転も危険極まりないものだ。

投資家は幻想ではなく、現実の中で生きていることを忘れてはならない。考え方、見方は柔軟でなければならない。投資家に求められるのは、原理主義的な考え方に縛られた行動ではなく、基本を知ったうえでのアジャストメント能力である。

近藤駿介

プロフィール

Author:近藤駿介
ブログをご覧いただきありがとうございます。
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動して来ました。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚をお伝えしていきたいと思います。

近藤駿介 実践!マーケット・エコノミー道場

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著書

1989年12月29日、日経平均3万8915円~元野村投信のファンドマネージャーが明かすバブル崩壊の真実

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