「TPP推進派」が振りかざす、参加メリットが一向に見えて来ない「怪しげな理論」

30日付日本経済新聞の「日曜に 考える」欄では、「TPP交渉参加 是か非か」という表題で、「推進派」の伊藤元重教授と、「慎重派」の山田正彦前農相が「意見を交わした」内容が掲載されている(記事は対談形式をとっているが、「対談」という言葉を一切使わず「意見を交わした」と表現されていることは、実際には対談したわけではない「仮想対談」ということかもしれない)。

この記事の真意は、対談形式の記事の最後に記載された、日本経済新聞の「消費産業部次長」による「『縮んだ国』避ける政治判断を」という見出しの下記のようなコメントに現れている。

「TPP参加の慎重派は、おおむね既得権益を守ろうとする立場の人が多い。しかし農業就業者の高齢化は進み、医療の現場には疲弊感が広がる。そんな日本の将来はどうなってしまうのか。TPPに参加して閉塞感を打破したい。推進派にはこんな思いがある。
既存のルールを変えるのは勇気が要る。不安に感じる人も多いだろう。だからといって交渉入りすら拒んでいては日本はますます縮んだ国になってしまうのではないか。野田佳彦首相の政治判断が日本の将来を左右する。」

TPPの議論を歪めている一つの要因が、この記事のコメントに代表されるように「慎重派≒既得権益を守ろうとする勇気のない人達」、「推進派≒既得権益を打ち破り、活気のある日本を取り戻そうとしている勇気ある人達」という「一方的な決め付け」や「世論操作」が行われていることである。
「推進派」は財界人や大学教授を広報担当として多用するメディア戦略で、「推進派の主張≒経済理論に裏付けされた客観的理論」「慎重派の主張≒経済理論に基づかない感情論」という演出をし続けている。

しかし、「推進派の主張≒経済理論に裏付けされた客観的理論」というのは怪しげなものである。今回の対談形式の記事でも「推進派」である伊藤教授の発言には「論理の飛躍」や「我田引水の理論」が見られている(伊藤教授の発言自体がそうであったのか、或いは日本経済新聞によって発言が歪められたのかについて判断不能である点を割り引く必要があるが)。

まずは、「TPPを考えるキーワードは改革と変化だ。右肩上がりで経済成長し、常に成長分野があったことを前提にした日本の既存制度は曲がり角に来ている。市場を開く、という視点が必要だ。」という発言。日本の「右肩上がりの経済成長」は終わり「日本の既存制度は曲がり角に来ている」という認識は多くの国民が共有しており、これについて異を唱える人は少数のはずである。

しかし、「改革と変化」が「米国流」である必要性はどこにもない。「米国流」の社会制度に限界が来ていることは、「米国の疲弊」が「世界経済鈍化」と「不安定な金融市場」を招いていることからも明らかである。

「日本に改革と変化が必要だ」とする意見には賛同するが、そのことと「日本の既存制度を盲目的に『米国流』に改革する変化」は全く異なるものである。TPPの交渉の場で、日米がお互いの社会制度の長所を取り入れてより良き社会の姿を目指すのであればともかく、単に「米国流制度の受入れ=改革と変化」とする論調には全く賛同できない。TPP論争を「現状維持派」と「改革と変化派」の対立と矮小化して捉え、「どのような改革と変化を目指すか」という論争をおざなりにするようなことはあってはならない。

さらに問題なのは伊藤教授の「食糧安全保障は何が起きても国民に最低限の食料を届けるということ。国内での生産強化は極めて重要だが、同時に常に海外とのパイプを作っておくことも大切だ。例えば石油の安全保障を考えるときに、石油を輸入制限して日本の油田を懸命に掘るなんてことは考えられない。外から入るものと国内生産をどうしていくのか、バランスを考えることが重要だ」という発言。

前半は至極尤もな指摘。しかし、「例えば」以下の「食糧安全保障」と「石油の安全保障」を同列で論じる部分は東大教授の発言とは思えない「お粗末な論理」。

「割高なコストなら生産拡大可能な農産物」と、「コストをかけても生産拡大不可能な石油」とを同列で比較することがおかしいことくらいは、経済の専門家でなくても気付くもので、完全に「まやかしの理屈」。

「コストをかけても生産拡大不可能な石油」に対しては「国民に最低限の石油を届ける」ために、「(外交面での)海外とのパイプ作り」と「(内政面での)新エネルギーの開発」が優先すべき政策となり、「割高なコストなら生産拡大可能な農産物」に対しては、「最低限の自給率を保つ」ことが優先的政策になるという「政策相違」が生じて来るのは当然である。「食糧安全保障」が「石油の安全保障」と同列であるべきであるかのような主張は、余りにも乱暴かつお粗末なものである。

日本経済新聞等は「TPP慎重派≒既得権益を守ろうとする勇気のない人達」と決め付けているが、「慎重派」の中にも、「改革と変化」に賛同しつつも、「改革と変化≠TPPを利用した『米国流』の受入れ」と考えている人達が多数存在するはずである。こうした現実を無視して世論操作を行うマスコミの姿勢は、不必要な感情論争を巻き起こし、意見集約を難しくする要因ともなっている。盲目的に「米国流」を受け入れるのが日本の「改革と変化」のあるべき姿だという主張は、一部の人達が指摘している通り「51番目の州」になることと殆ど変らない。

TPP議論の問題点は、「結論ありきの議論」「世論操作」が行われていることに加えて、「このタイミングでのTPP参加のメリット」が全く見えて来ないことである。

政府は25日、TPPに加盟した場合の経済効果は「10年間で2.7兆円」だとする統一見解を公表した。これは、TPPに加盟した場合の経済効果が、10年間で1年間のGDPの0.54%しかない、平均すると年0.054%程度のGDP成長しかもたらさないと云うこと。この試算からは、「アジアの成長」を取り込むという「推進派」の主張の合理性は微塵も感じられない。そして、これが野田内閣の「成長戦略の柱」だとしたら、「悪い冗談」にもならない。

「TPP推進派」のマスコミは、この政府試算にも携わった野村証券金融経済研究所の主席研究員が「規制緩和やサービス自由化がビジネスを生み、試算の3~10倍の効果が出ることも予測されている」と指摘していることを取り上げ、「こうした見方への理解が進んでいないことは確かだ」と報じている。

しかし、問題は「こうした見方への理解が進んでいないこと」ではなく、「こうした見方」が現実化するためには、「国内需要(購買力)拡大」が絶対条件であるという点にある。
国内需要が拡大しない限り、「規制緩和やサービス自由化」によって「新しいビジネス」が生み出されたとしても、それが「既存のビジネス」を駆逐するだけになるので、マクロ的に「試算の3~10倍の効果」を生み出すことはあり得ない。、「規制緩和やサービス自由化」の前に、「国内需要(購買力)拡大」を達成しておかない限り完全に「絵に描いた餅」。

政府・財界・学者がスクラムを組み、広報担当のマスコミが必死に世論操作を試みているが、右肩上がりの経済成長が終わり「需要不足社会」に陥った日本にとって、「無条件開国」が日本復活の切り札になるという主張からは、「理論的納得性」ではなく、「裏付けの乏しい思いこみ」と「焦り」しか伝わって来ない。

さらに問題なのは、「TPP参加のメリット」だけではなく、「TPP交渉参加」と「増税」が同時期に行われようとしていることである。

9月28日に内閣府が発表した試算によると、復興増税は2012~14年度の実質GDPを0.1~0.2%幅程度押し下げる(第3次補正予算執行に伴う経済効果は除く)。さらに内閣府が2008年7月30日の自民党税制調査会に提出した試算によれば、消費税率を2%引上げた場合の初年度に実質GDPを0.60%押し下げるとされている。

増税時期やその組合せによって影響度は異なって来るので正確なことは言えないが、TPP加盟による「成長」は、増税による「景気腰折れ」によって、全て掻き消されるどころか、大幅な「赤字」になることは必至の情勢である。

こうした状況下でも野田内閣は「APEC前の意見集約=TPP参加表明」「増税による財政再建」を強引に推し進めようとしている。TPPに関する党内の意見集約に関しては、仙石政調会長代理は「合意形成させないことを『自己目的化』して動くことはまずい」と語り、「慎重派」を非難、牽制したことが報じられている。しかし、「合意形成=TPP参加表明」を「自己目的化」しているのはむしろ「推進派」の野田内閣の方である。

同じく「推進派」の「口だけ番長」は、「議論に不満が残る人に配慮して物事を決めなければ、政治が前に進まない」と怒りを表明している。「農業は国内総生産GDPの1.5パーセントに過ぎない。この1.5%を守るために、98.5パーセントの産業を犠牲に出来ない」と公言した実績を持つ「口だけ番長」。今度は、「GDPの0.054%に過ぎない」経済効果を求めて、日本社会を大きな危険に晒そうとしている。

野田内閣には、「政治が前に進まないリスク」など、「国が後ろに進んでしまうリスク」に比較したらとるに足らないものであることを、是非とも認識して貰いたいものだ。拙速な議論は「国益」をもたらさない。
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近藤駿介

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Author:近藤駿介
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ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動して来ました。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚をお伝えしていきたいと思います。

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