2013/04/29
MRI事件が浮かび上がらせた、日本を代表する経済紙のレベル
これが日本を代表する経済紙の記事なのだろうか。28日付日本経済新聞は「米MRI、投資家の中途解約制限 資金流出防ぐ?」との見出しで、次のように報じている。「米金融業者MRIインターナショナルによる顧客資産の消失問題で、同社が投資家の中途解約を制限する規定を設けていたことが27日、関係者の話で分かった。運用成績の悪化に気付いた顧客から解約の申し出が相次ぎ、資金が流出する事態を避ける目的があったとみられる」
「同社は少なくとも2011年以降、新規顧客の出資金を既存顧客の配当金に充てていたことが既に判明。監視委は『自転車操業』を維持するうえで、解約に伴う資金の外部流出を防ぐため、クローズド・エンド型を採用していたとみて調べを進めている」
今回のMRIインターナショナルによる顧客資産の消失問題は、事件としては「悪質」である。しかし、MRIインターナショナルの「悪質さ」を強調するために、全くの的外れの指摘をし、クローズド・エンド型に対する誤った印象を与えるというのは、日本を代表する経済紙として「悪質」である。
「自転車操業」と、「クローズド・エンド型」というファンドの仕組みとは、全く無関係のものである。これを結び付けて論じてしまうと、「クローズド・エンド型」というファンドの仕組みが「自転車操業」を維持するためのものであるかのような誤った印象を読者に与えてしまう。このような報道は厳に慎むべきである。
今回MRIインターナショナルが投資対象とした医療機関の診療報酬請求債権のファクタリング業務もそうだが、債権に絡む金融取引というのは「契約の塊」である。この点が、市場で流通している有価証券の取引と根本的に違うところ。
ファンドを通して集めた資金でファクタリング業務をする場合、ファンドの資金が短期間で変動してしまったのでは、金融取引が成り立たなくなってしまう。診療報酬請求債権を売却することで資金を調達する病院側にとっても、売却したはずの債権が戻されたりしたら、資金計画が立たなくなってしまうからである。
そもそも、「クローズド・エンド型」が「自転車操業」を維持するための怪しい仕組みだとしたら、最近流行のインフラファンドも、一般的なベンチャーファンドも、全て「自転車操業」を維持するための怪しいものになってしまう。
日本経済新聞は、「MRIは米国の医療機関が保有する保険会社などへの診療報酬債権を割安な価格で買い取り、回収した債権額との差額を投資家に分配するとして…」と、如何にも取引自体が怪しげなものであるかのような印象を与える書き方をしている。しかし、「割安な価格で買い取る」というのは、手形を割り引くのと同じ行為であり、通常の金融取引である。「割安な価格」は利息に相当するだけのこと。
このような「契約の塊」である債権に絡む投資は、「証券業務」ではなく、「金融業務」であるので、一般の投資家が理解出来ないのは当然である。そして、「証券業務」を生業とする証券会社の営業マンの殆どが正確に説明出来ない分野にもなるのである(投資家に販売する以上あってはならないことだが)。
しかし、日本を代表する経済紙や自称「専門家」と言われる輩が、こうした金融業務の実態を無視して、ファンドのスキームや金融取引自体が怪しいものであるかのように報じたり、「自分が分からないものは専門家に相談するべき」というようなナンセンスな指摘をするのは、無責任であるのと同時に、彼らが金融取引の実態を知らない「似非専門家」であることを天下に示すものでもある。
断定は出来ないが、MRIインターナショナルが「契約の塊」である医療機関の診療報酬請求債権に絡む投資を実際にしていたかは疑わしい限りである。しかし、それは架空のファクタリング業務を語ったでっち上げであって、「クローズド・エンド型」という仕組みに問題があるわけではない。「クローズド・エンド型」にしたのは、顧客からの償還、解約請求によって、架空の投資業務が発覚するまでの時間を稼ぐ目的だった可能性が高い。
「監視委は『自転車操業』を維持するうえで、解約に伴う資金の外部流出を防ぐため、クローズド・エンド型を採用していたとみて調べを進めている」と記事は報じているが、証券取引等監視委員会がこんなレベルの低いことを調べるはずはない。「クローズド・エンド型」という仕組みには何の違法性もないのだから。
違法性という点においては、先週25日に日本経済新聞に掲載された記事の中に、かなり際どいものであった。
「『株はバクチではない』までわずか」という見出しを掲げた「電子紙この1本」という囲み記事の中に、「日経平均株価が上昇を続け『幅広い銘柄への分散投資を継続すれば必ずプラスのリターンが得られる』という投資の大前提が整う水準に迫ってきた」と書かれている。この「幅広い銘柄への分散投資を継続すれば必ずプラスのリターンが得られる」という表現は、金商法で禁止されている「不確実な事項について断定的判断を提供」に該当する可能性が高い極めて際どいもの。証券会社や運用会社がこのような表記をした場合はかなりの高い確率で金融庁からの指導を受けることになるし、そもそもまともな会社ならば、社内のコンプライアンス部門から修正を命じられるもの。日本を代表する経済紙は、金融商品取引業者でないからこうした際どい表現をコンプライアンス部門は放置したということなのだろうか。
それはさておいても、せめて日本を代表する経済紙には、何か事件が明るみに出る度に、「外国籍投信」や「クローズド・エンド型」といったファンドの仕組みを悪の温床の如く騒ぎ立てるレベルからは一日も早く卒業して貰いたいものである。