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経済・物価見通しの最大のリスク要因は日銀総裁である

「企業や家計は、投資や消費などの意思決定をする場合に、将来物価がどのくらい上がるかを予想して行動します。例えば、先行き『物価が上がる』という見方が人々の間に広がれば、企業はそれに合わせて製品・サービス価格を引き上げるでしょうし、賃金も引き上げられます。その結果、消費者物価も押し上げられることになります」(日銀公表資料より)

日銀の黒田総裁は、29日、内外情勢調査会で講演し、「中長期的な予想物価見通し」についてこのように述べた。この発言に、黒田総裁の物価に対する認識の誤りが凝縮されている。

黒田日銀総裁の理屈の最大の欠陥は、製品・サービス価格を引き上げても販売数量は減らないという非現実的な前提で話をしているところ。

企業が事業計画を立てる際に重要なのは「売上」で、この「売上」は、「販売単価×販売数量」に分解して検討される。要するに、「販売単価」を引き上げても、それに伴って「販売数量」が落ちてしまえば、その積である「売上」は伸びないどころか、減少してしまう可能性があるということ。賃金はあくまで「売上」見通しに応じて決定されていくもので、「売上」の一つの要素でしかない「販売価格」の上昇をもって企業が「賃金」引き上げに動くことは経済論理からは考えにくいこと。

「販売価格」を上げずに内容量を減らす「隠れ値上げ」などが行われていることが、電力会社のような一部の独占企業を除く多くの企業が「販売価格」を上げると「販売数量」が落ちてしまい、「売上」が伸びないと考えていることの証左である。

実際に、国内企業物価指数と消費者物価指数を比較してみると、1997年4月から2013年6月まで、「CPI(消費者物価指数総合)」が▲3.5%、「コアCPI(生鮮食料品を除く総合)」が▲3.5%、「コアコアCPI(食料及びエネルギーを除く総合)」が▲7.0%下落する中で、「国内企業物価指数」は▲1.7%の下落に留まっている。また、1997年4月以降2013年6月までの195ヶ月のうち、「国内企業物価指数」は99ヶ月も前年同月比でプラスを記録している。こうした動きから推察される姿は、企業が「売上」を落とさないために企業努力でコスト上昇分を吸収し、「販売価格」を維持して来たというものである(「消費者物価指数」と「国内企業物価指数」の比較チャートはこちらから)。

簡単に言えば、「国内企業物価指数」の動向からすれば、物価上昇期待を理由に企業が「製品・サービス価格」を引き上げられる状況は、これまで何回もあったし、それによって「賃金」を引き上げられることが可能なら、とっくに「賃金」は上がっていたということ。

それが出来なかったところに日本経済の深刻さが表れていると捉えるべきなのである。2013年6月のCPIは、独占企業である電力会社の「電気料金」の値上げの効果で1年2ヶ月ぶりにプラスに転じたが、「コアコアCPI」は前年同月比▲0.3%と、依然としてマイナス圏に沈んだままであり、一般企業は黒田総裁が指摘するような「先行き『物価が上がる』という見方が人々の間に広がれば、企業はそれに合わせて製品・サービス価格を引き上げるでしょうし、賃金も引き上げられます」といえる状況にはない。むしろ「コアコアCPI」と「国内企業物価指数」の前年同月比の格差は1.5%まで拡大しており、一般企業のコスト負担は拡大していると言える状況にある。

 「絶対上がってくる。これで上げなかったら経営者とは言えない。もちろん収益が厳しい経営の会社もあり、十把ひとからげには言わないが、日本企業全体としてみると実質金利は下がってきている。その結果、超円高は是正され、株価も不動産価格も上がっている。そういう時に企業経営者の心理が変わらないのはありえない」

内閣官房参与で首相の経済政策の指南役である本田悦朗・静岡県立大教授は、日本経済新聞のインタビューで、「賃金が上がる道筋はまだみえない」という質問に対して、このように答えている。しかし、学者でありながら、「賃金」が「絶対上がって来る」と根拠は何も示さず、殆ど感情論で断言するのは「学者とは言えない」驚きである。客観的根拠なしに、個人の主観を前面に押し出す学者が「経済政策の指南役」として適任なのだろうか。

驚くことは、「基本原則としては、デフレ下で増税はやってはいけない」と、これまでの消費増税に対する慎重姿勢を示して来た本田内閣官房参与が、「消費増税は避けて通れない。首相が『やろう』と決めたのだから、やり抜かなければいけない」と、宗旨替えして消費増税実施に対する強い決意を示したこと。

中期財政計画と消費税増税の関係について、安倍総理が「達成に向けた大枠を示すものであり、消費税率引き上げを決め打ちするものではない」と発言した直後の内閣官房参与の「首相が『やろう』と決めた」というコメントは不謹慎極まりないもの。そして、こうしたコメントを平然と報道する日本を代表する経済紙の神経も信じ難いもの。

「物価上昇率が2%となる経済とは、どのようなイメージの経済で、そこに至る過程では、どのようなメカニズムが作動するのでしょうか。論理的には幾つかのケースが考えられます。第1は、円安や国際商品市況の上昇により、輸入物価が先行的に上昇するケースです。第2は、賃金が上昇するケースです。中長期的には、賃金と物価は密接に関連しています。第3は、予想物価上昇率が高まるケースです。第4は、企業や家計の成長期待が高まるケースです。我々はどのケースを望んでいるのでしょうか。輸入物価が先行的に上昇するケースでは、家計の実質所得は圧迫されます。望ましいのは、賃金の上昇、予想物価上昇率の高まり、企業や家計の成長期待の高まりが同時進行的に進んでいくという姿だと思います」(日銀公表資料より)

これは、「慎重な金融緩和」を繰り返し、任期途中で総裁の座を黒田氏に譲った白川前日銀総裁が、2月28日に行った経団連での任期中最後の講演内容である。「行き過ぎた円高是正」のために「大胆な金融緩和」が必要であることを見落とした白川前日銀総裁であるが、さすが優秀な学者であっただけに、「物価上昇率が2%となる経済」に対する認識は、財務省出身の元財務官とは「次元が違う」。

白川前日銀総裁の言葉を借りれば「輸入物価が先行的に上昇するケースでは、家計の実質所得は圧迫されます」という直近の物価動向について、黒田日銀総裁はCPIが前年同月比で1年2か月ぶりにプラスに転じたという表面的なことを以て「デフレ脱却という狙いはこれまでのところうまく進んでいる」と自画自賛しているのである。

黒田日銀総裁は講演で、「経済・物価見通しに対する最大のリスク要因は、海外経済の下振れと考えています」という見解を示したが、日本経済の「最大のリスク要因」は、「物価上昇率が2%となる経済とは、どのようなイメージの経済で、そこに至る過程では、どのようなメカニズムが作動するか」を全く考えずに、「デフレ脱却」を叫ぶ財務省から送り込まれた日銀総裁の存在そのものである。

「大胆な金融緩和」によって「行き過ぎた円高是正」に成功し、物価上昇が課題になって来た今、物価上昇に対して正しい認識を持つ白川前日銀総裁に総裁の座を戻す「異次元の人事」も、日本経済の「最大のリスク要因」を取り除く上で有力な選択肢の一つである。
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近藤駿介

プロフィール

Author:近藤駿介
ブログをご覧いただきありがとうございます。
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動して来ました。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚をお伝えしていきたいと思います。

著書

202X 金融資産消滅

著書

1989年12月29日、日経平均3万8915円~元野村投信のファンドマネージャーが明かすバブル崩壊の真実

著書

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