2013/10/31
三菱UFJ、米モルガンと富裕層事業 ~ 外資系の看板を掲げるだけでは「貯蓄から投資へ」 という流れを起こせない
「三菱UFJフィナンシャル・グループは米金融大手のモルガン・スタンレーと共同で、来年1月から国内の富裕層向け資産運用ビジネスに乗り出す。主に1億円以上の資産を持つ個人を対象に、株式など金融資産への投資を助言する。株高や脱デフレ期待などを背景に日本でも今後、富裕層が増えるとみられ、この分野で米国トップのモルガンと組んで事業機会の拡大につなげる」(31日付日本経済新聞「米モルガンと富裕層事業」)三菱UFJフィナンシャル・グループは、モルガン・スタンレーと共同で、富裕層向け資産運用ビジネスに乗り出すことが日経の一面で報じられています。
「現在は、約1600兆円にのぼる個人金融資産の半分が現金・預金にとどまる。ただ今後は、脱デフレ期待などから株式など金融資産への投資ニーズが高まると三菱UFJではみている」(同)
富裕層向け資産運用ビジネスに乗り出す理由に挙げられているのは、「個人金融資産の半分が現金・預金にとどまる」と「脱デフレ期待」というものです。
日本の資産運用業界はもう20年以上、「半分が現金・預金」という個人金融資産の1%に相当する16兆円でも株式市場に向かえば…、という淡い期待を抱き続けて来ています。しかし、個人金融資産が増えることはあっても、株式や投資信託の比率が目に見える形で増えることはありませんでした。
このような状況下で、三菱UFJはどのような新しい戦略を持って「富裕層向け資産運用ビジネス」に挑もうとしているのでしょうか。「モルガンが強みとする商品開発の手法や顧客向けの海外情報を提供する」とありますが、グローバル化が進んだ金融業界では、もはやモルガンにしかない「商品開発の手法」は無きに等しいと言えます。商品開発主体による違いが現れるのは、商品性ではなく、商品開発主体の信用力の違いに伴う利回りの差くらいだと言っても過言ではありません。
三菱UFJという看板がありますから、提供できる優位性が、多くの会社が提供している商品の利回りを数bp(1bp=0.01%)上げられる程度であっても、「富裕層向け資産運用ビジネス」を成立させることはそれほど難しいことではないかもしれません。しかし「脱デフレ期待などから株式など金融資産への投資ニーズが高まる」という「風まかせ」の見方で、20年以上成果を上げて来なかったやり方を続けても、「貯蓄から投資へ」という流れを起こせると思っているとしたら大きな間違いです。
「脱デフレ期待」。日本経済新聞がこの記事を一面に掲載したのは、「脱デフレ期待」によって「貯蓄から投資へ」という流れが起き始めていることを強調することが目的だったようです。
「国内での富裕層ビジネスを巡っては、三井住友銀行が10月に仏系のソシエテジェネラル信託銀行を買収し、富裕層向けに特化した『SMBC信託銀行』として営業を始めた。UBSやクレディー・スイスなど外資系金融機関も、日本で富裕層の資産運用や資産承継に力を入れている」(同)
この記事では、三菱UFJだけでなく、三井住友グループや、大手外資系金融機関も日本の富裕層を対象としたビジネスに力を入れ始めていることを紹介して、「脱デフレ期待」によって「貯蓄から投資へ」という流れが起き始めていることを印象付けています。しかし、こうした流れは必ずしも新しいものではありません。
平成18年 5月 三菱UFJフィナンシャル・グループとの日本におけるウェルス・マネジメント合弁会社である三菱UFJメリルリンチPB証券株式会社、 営業開始
平成24年 12月 メリルリンチ日本証券、メリルリンチ日本ファイナンス株式会社及び三菱UFJメリルリンチPB証券株式会社のそれぞれの持ち分をすべて売却
(メリルリンチ日本証券 HPより)
日本経済新聞の一面記事は、「脱デフレ期待」によって、新しい流れが出て来ているような印象を与えるものになっています。しかし、三菱UFJは平成18年(2006年)から米国のメリルリンチと組んで富裕層ビジネスを展開しており、今回米モルガンと日本の富裕層ビジネスを始めるということは、ビジネスパートナーの変更に過ぎません。
「2006年からのメリルリンチとの合弁会社を経て、日本のウェルス・マネジメント・ビジネスにおいて、最大規模の事業展開を行っています。その高いサービス水準と業容の成長は対外的にも高く評価され、金融専門誌が実施する『プライベート・バンク・ランキング』では、総合ランキングを中心に多くの年で1位を受賞しています」(三菱UFJメリルリンチPB証券 HPより)
三菱UFJメリルリンチPB証券(現在は三菱UFJHDと三菱東京UFJ銀行2社で100%保有)は、メリルリンチと組んで、高い評価を受けて来たことをアピールして来ています。それでも「貯蓄から投資へ」という流れを起こすには至っていないのが現実です。
「新事業は三菱UFJグループとモルガン・スタンレーが共同で出資する会社が主体になって始める。社名は『三菱UFJモルガン・スタンレーPB証券』となる見通しで、モルガンからも役員も受け入れる方向で調整している」(日本経済新聞)
日本経済新聞は、「モルガンが強みとする商品開発の手法や顧客向けの海外情報を提供する」ことで、これまでの「三菱UFJメリルリンチPB証券」を超える評価を獲得し、そして、「貯蓄から投資へ」という流れを引き起すことが出来ると考えているのでしょうか。
日本経済新聞は、なぜ記事の中で三菱UFJとメリルリンチの関係に全く触れなかったのでしょうか。「脱デフレ期待」を印象付けることを目的としていたのであれば「偏向報道」ともいえますし、もし三菱UFJとメリルリンチの関係を知らなかった、見落としていたのであれば、日本を代表する経済紙として「お粗末」でしかありません。
「外資系の看板を掲げるだけでは『貯蓄から投資へ』 という流れを起こせない」
これが、日本の資産運用業界が20年かけて示した一つの結論だということを忘れてはなりません。