低次元の「黒田日銀の物価観」 ~「所得」改善なき「前向きの循環」

(2014年7月28日)
◆ 小中学生のレベルの議論
「『2年で消費増税の影響を除く物価上昇率2%』を就任時に掲げた黒田東彦日銀総裁。民間エコノミストの多くは『実現は難しい』と懐疑的だったが、今のところ日銀のもくろみ通りに物価は上がっている。日銀が重視した経済分析のツールは『フィリップス曲線』。人手不足の追い風もあり、経済と物価の関係が変わったことが『勝因』だった」(28日付日本経済新聞 「エコノフォーカス 黒田日銀の物価観 的中?」)

本来、「勝った、負けた」「当った、外れた」というレベルの議論は小中学生で卒業するべきものですし、金融リテラシー向上において最も障害となる考え方でもあります。しかし、日本を代表する経済紙は、この小中学生レベルの議論がお好きなようです。

◆ 「所得」抜きの「前向きの循環」?
日本を代表する経済紙は、「今のところ日銀のもくろみ通りに物価は上がっている」と指摘していますが、黒田日銀が繰り返し主張して来たのは、「生産・所得・支出の前向きの循環」が働き、その結果として「2%の物価安定目標」が達成されるというものです。確かに、消費増税を控えた駆け込み需要によって、一時的に「生産」と「支出」が同時に増えた局面もありましたが、現状の「生産」「所得」「支出」は「前向きの循環」から程遠いものになっています。

「経済産業省は30日、6月の鉱工業生産指数(速報値)を発表する。市場では、前月比の伸び率が2カ月ぶりにマイナスに転じるとの見方が優勢だ。在庫が増えている輸送機械や情報通信機械が指数を押し下げる可能性が高い。経産省が6月に公表した製造工業生産予測調査の予測値は0.7%の低下だった」(28日付日経電子版)

「厚生労働省が1日発表した5月の毎月勤労統計調査(速報値)によると、基本給にあたる所定内給与は前年同月から0.2%増の24万1739円となり、2年2カ月ぶりにプラスに転じた。 …(中略)… 現金給与総額を物価の上昇を差し引いた実質ベースでみると、3.6%減った。賃金アップは消費増税や原材料価格の値上がりによる物価上昇には追いついていないのが実態だ」(7月1日付日経電子版)

「総務省が4日発表した5月の家計消費状況調査速報(2人以上世帯)によると、家計の支出総額は32万9370円になった。前年同月に比べて実質で3.4%減った。2.8%減だった4月に引き続いて前年割れとなり、消費増税後の反動減が続く結果となった」(7月4日付日経電子版)

安倍内閣は、「基本給にあたる所定内給与は前年同月から0.2%増の24万1739円となり、2年2カ月ぶりにプラスに転じた」ことを成果だと強調していますが、これは物価上昇を考慮しない名目のお話しに過ぎません。日本を代表する経済紙は記事で触れていませんが、物価上昇を考慮した実質では「前年比3.6%減と4月に比べて減少幅が拡大し、11カ月連続で減少」(ロイター)という状況にあります。

消費増税というお祭りによって、実質的な「所得上昇」を伴わない一時的「支出拡大」が示現しましたが、「所得」が実質的に低下しているなかで、「前向きの循環」が続かないことは、小中学生でも分かることです。

そもそも「実質賃金が11カ月連続で減少」して来ている中で物価が「日銀のもくろみ通り」に上昇して来たということは、物価上昇は「所得」「支出」の増加による「前向きの循環」によってもたらされたものではないことの証左でしかないはずです。

金融政策を担う中央銀行が、経済の循環メカニズムを全く見誤ったことについて何の言及もせずに、「物価観」を的中させたことだけをことさら強調するところに、日本を代表する経済紙の「金融リテラシー」の低さが現れているように思えてなりません。

◆ 「失業率」から「雇用の質」に舵を切ったFRBと、「失業率」に固執する日銀
「物価を縦軸、失業率を横軸にとり、両者の関係を示す『フィリップス曲線』を描くと、13年以降、失業率が下がるほど賃金が上がり、物価が上昇しやすくなる傾向が鮮明だ。かつてインフレが定着していた1980年代~90年代半ば、フィリップス曲線の傾きは急だった。だが、デフレに陥った97年以降のフィリップス曲線は傾きが緩やかになり、多少雇用が良くなっても物価は上がりにくかった。13年以降は再び傾きが急になり、デフレ前の状態に近づいている」(同日本経済新聞)

日本を代表する経済紙は、経済学の知識をひけらかしたかったのか、失業率と消費者物価との関係を表す「フィリップ曲線」という古典的な理論を持ち出して日銀の「物価観」の素晴らしさを強調しています。

恐ろしさを感じることは、この失業率と物価の関係を示す「フィリップ曲線」が、「日銀が重視した経済分析のツール」だと記されているところです。「雇用」と「物価」の両面で責務を負っているFRBは、3月のFOMCで「失業率」をフォワードガイダンスから外し、「雇用の質」に注目するようになっています。FRBが「失業率」という単純な指標から、複合的に「雇用の質」を判断する方向に舵を切る中で、日銀はまだ「フィリップ曲線」で物価を判断するという時代遅れの手法をとっているのでしょうか。

「黒田総裁は『強運』との声もある。人手不足を追い風に、足元の失業率は3.5%と、リーマン・ショックのピーク時に比べ2ポイント改善した。独立行政法人労働政策研究・研修機構の試算では、需要不足ではなく構造的・摩擦的な失業に起因する『均衡失業率』は3.4%程度で、すでに労働市場は完全雇用に近い」(同日本経済新聞)

日本を代表する経済紙は「すでに労働市場は完全雇用に近い」と報じています。重要なことは、この人手不足は震災復興需要と「機動的な財政政策」によって公共投資が増えたことによるもので金融政策の成果ではないということと、「すでに完全雇用に近い」状態の中で「実質賃金が11カ月連続で減少」して来ていることです。日本を代表する経済紙ならば、こうした点に注目した議論をして貰いたいものです。

◆ 「かつてのインフレ期」とは全く異なる「アベノミクス以降」
日本を代表する経済紙は、「フィリップ曲線」の状況から「13年以降、失業率が下がるほど賃金が上がり、物価が上昇しやすくなる傾向が鮮明だ」とし、日銀の判断の正しさを強調しています。しかし、「失業率」というのは「所得」を推測するバロメーターに過ぎませんから、実際には「賃金」と「物価」を比較しなければなりません。

縦軸に「消費者物価指数(コア:前年同月比)」、横軸に「実質賃金指数(毎月決まって支給される給与:事業規模30人以上)をとってみると、「かつてのインフレ期(1985-1996年)」で右肩下がりだった近似曲線は、「デフレ期(1997-2012年)」に右肩上がりに転じ、「アベノミクス以降(2013年以降)」その傾きは急になっています。

物価と賃金指数

近似曲線の傾きが右肩上がりになり直線の傾きが一定水準(このグラフでは0.01)を超えるということは、「賃金(≒所得)」が物価上昇に追いつかなくなることを示したものです。「アベノミクス以降」急激に傾きを増した近似曲線。賃金上昇が物価上昇を上回っていた「かつてのインフレ期」とは大きく異なるところです。こうしたところにも「失業率」が「雇用の質」を表すには適切ではなくなってきていることが現れています。

◆ 低下する「VIX指数」と、上昇する「インフレ丙恐怖」
「アベノミクスをきっかけに期待インフレ率が上がったことが大きい」(同日本経済新聞)

日本を代表する経済紙は、「失業率と物価の関係が復活」したことについて、このような識者のコメントを載せています。金融経済の専門家は、「期待インフレ率」という尤もらしい表現を多用しますが、「所得」が伸びない中では、「期待インフレ率」ではなく「インフレに対する恐怖指数」だという表現が適切です。金融市場では、「恐怖指数(VIX指数:ボラティリティ)」の低下が叫ばれていますが、国民生活のなかでは「インフレに対する恐怖指数」が確実に上昇して来ていることを見落としてはなりません。

この先も日銀と民間エコノミストの間で見通しの違いは生じて来るはずですが、両者が「インフレに対する恐怖指数」を「期待インフレ率」と言い続け、「所得改善なき物価上昇」を金融政策の成果だと捉える限り、国民にとって両者の論争は不毛な論争でしかありません。彼らが次元の低い論争を繰り返す間に、国民生活が悪化する確度の方が確実に高いからです。

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