2014/10/31
日銀「追加金融緩和」~ 「金融緩和規模固定」を恐れた黒田日銀が放った「最後の一手」
(2014年10月31日)FRBが量的金融緩和(QE3)の終了を決めたことを受け、焦点は、FRBの利上げ時期に移って来ました。日本経済新聞の報道によると、「米国の利上げ時期について国内20人、米国7人に聞いたところ『来年7~9月』との予測が10人と最も多く『同4~6月』が8人」となり、「市場では利上げ時期を『来年半ば』と見込む声」が多いようです。
「先行きの利上げが現実味を帯びる米国とは異なり、日本や欧州の金融緩和は長期化しそうだ。日欧と米国の金利差は拡大すれば、金利が上がるドルで資産運用しようという思惑が働き、円やユーロを売ってドルを買う投資行動が起きやすい」(31日付日本経済新聞 「米利上げ 『来年半ば』」)
焦点が米国の利上げ時期に移って来たことで、日米金利差から円安になるという見方も強まり、有識者からは「当面円安基調が続く」という発言が強まって来ているようです。確かに、足下の「日米金利差」は円安要因になりますが、為替は「金利差」だけで動くものではありません。
忘れてならないことは、「資金供給量」の問題です。
米国の金融緩和は終了するものの、FRBは「米機関債と住宅ローン担保証券の償還した元本を住宅ローン担保証券に再投資し、保有国債の償還金を入札で再投資する既存の政策は維持する」(日経電子版「米FOMC声明の全文」)としていることからも明らかなように、これまで市場に供給された大量の資金は回収されることなく維持される、つまり米国のマネタリーベースは約450兆円程度で一定になるということです。
これに対して日銀の「異次元金融緩和」は、黒田日銀総裁が「2%の物価安定目標」が達成されるまで継続する意向を示し続けていることから、このまま継続されると思われていますが、資金供給の規模という点ではゴールに近付いていることも事実です。
黒田日銀総裁は2013年4月に「異次元の金融緩和」に踏み切った際、「マネタリーベースおよび長期国債・ETFの保有額を2年間で2倍に拡大」すること、「2014年末のマネタリーベースの見通しは270兆円」であると明言されています。
それから1年半経過した14年9月時点で、マネタリーベースは245兆8169億円に達しており、黒田日銀が掲げた目標額まであと24~25兆円程度に迫って来ています。同時に日銀は「マネタリーベースが、年間約60~70兆円に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行う」としていますから、後5か月、2015年の2月頃にはマネタリーベースは270兆円という黒田日銀が掲げた目標額に達することになります。
米国の利上げに関しては「来年半ば」という見通しが主流のようですが、FRBはあくまで利上げのタイミングは「経済指標次第」という意向を示しています。一方、黒田日銀が「異次元緩和」で掲げたマネタリーベース270兆円という目標は、「経済指標に関らず」、「来年早々」にも達成されてしまうことになります。つまり、日銀が「異次元緩和」の継続をしない限り、日米間の「資金量格差」は固定されてしまうことになるということです。
市場関係者の発言の多くは「異次元緩和」継続を前提に、「日米資金量格差縮小+日米金利差拡大」に基づいた見通しになっていおり、実際に「日米金利差が拡大」するよりも先に、「日米資金量格差固定化(+日米金利差拡大)」という状況が訪れることを無視してしまっているところに一抹の不安を感じます。
さらに、「量的緩和」に関して言うと、これまで慎重であった欧州中央銀行(ECB)が国債購入に踏み切る可能性も出て来ています。日米の関係でいえば、マネタリーベースの格差は約180兆円で固定化する可能性がありますが、日欧の関係でみるとマネタリーベースの格差は縮小する方向に向かう可能性があるということです。マネタリーベースの格差縮小自体が直接円高圧力になるわけではありませんが、欧州からの資金回避が見られる局面では円高を加速させる要因にはなり得るものです。
「米連邦準備理事会(FRB)が29日、量的金融緩和の終了を決めた。リーマン・ショック以降、約6年にわたる異例の危機対応はひとつの区切りを迎える。ただ世界経済には減速懸念が漂い、テロや感染症など新たなリスクも浮上する。金融政策を正常に戻す『出口』戦略は一筋縄ではいかない」(31日付日本経済新聞 「危機対応 6年で区切り」)
こうした記事から推察されることは、日本経済新聞は「出口戦略」というのを「0金利状態の解除」というように捉えているようです。しかし、量的金融緩和の「出口」とは、「0金利状態の解除」ではなく、準備預金残高を正常な水準に戻すということです。
準備預金残高の正常な水準というのは、法定準備預金とほぼ同規模ということです。足下では米国の準備預金残高は法定準備預金額の約20倍、日本で16~17倍となっています。詳細は別の機会に譲りますが、中央銀行にとって法定準備預金残高を上回る超過準備預金をどうやって回収して行くかが「出口戦略」であり、買入資産の長期化を図って来ていた日米中央銀行にとって大きな課題でもあります。
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ここで「日銀追加緩和」という報道が流れ、市場は「円安、株高」に大きく反応しています。金曜日の午後(13時44分公表)というタイミングでこうした決定を公表するところに、黒田総裁が「金融の専門家」ではなく「行政官」であることが滲み出ています。
「マネタリーベースが、年間約80兆円(約10~20兆円追加)に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行う」「長期国債について、保有残高が年間約80兆円(約30兆円追加)に相当するペースで増加するよう買入れを行う。但し、イールドカーブ全体の金利低下を促す観点から、・・・(中略)・・・ 買入の平均残存期間を7~10年程度に延長する(最大3年程度延長)」(日銀HP:「量的・質的緩和」の拡大)
日銀の公表分を見て興味深いことは、「マネタリーベースが、年間約80兆円(約10~20兆円追加)に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行う」としているのに、「日銀のバランスシートの見通し」では「14年末275兆円」(従来から5兆円上積み)としたものの、「15年末」の水準を示していないこと、さらには今回の追加緩和が「賛成5、反対4」という際どいものであったことです。こうしたところにも「金融」よりも「行政」を重要視する黒田日銀の体質が如実に表れています。ちなみに先日のFOMCの決定は、反対者は1名だけでした。
黒田日銀が「最後の一手」である追加金融緩和をこのタイミングで切ったのは、FRBが「量的金融緩和終了」を決定したことで「日米の量的緩和規模が固定化する」という印象を持たれることを避ける必要があったことと、米国との金融政策の方向性の違いを際立たせることで「最後の一手」の効果を最大限発揮したいという思惑によるものだと思います。
「行政官」黒田総裁の思惑通り、GPIFの資産配分見直し問題の追い風もあった金融市場は、国内景気動向とは関係なく「円安・株高」方向に大きく反応しました。しかし、今回の追加緩和は、「金融的」には日銀の「出口戦略」をより一層困難なものにする場当たり的な政策、禁じ手ともいえるものです。
「金融」よりも「行政」を優先した「金融政策」のツケが、将来どのような形で国民に降りかかって来るのか、「行政官」黒田総裁は考えているのでしょうか。バズーカ砲が自爆しないことを祈るばかりです。