FC2ブログ

修学旅行はしないという伝統を生み出したのは…

「武蔵には大衆迎合や付和雷同を嫌う文化がある。男子校OBの多くは、自分たちの仲の良さや団結力の強さをよくアピールするが、武蔵のOBにはむしろむやみに群れないことを矜持(きょうじ)としているふしがある」(20日付NIKKEI STYLE ~「やぎになれ」に込めた思い 武蔵の群れない気骨

確かに「群れる」文化はほとんどないですし、「自分で調べ、自分で考える」という風潮はかなり強いと思いますが、「仲の良さや団結力」は平均以上にあるように思います。

「それがよくわかるのが、修学旅行をしないという伝統だ。1979年から17年まで実施されていなかったのだ。さまざまな校外行事があるにもかかわらず、修学旅行はない」

こうした伝統は知りませんでした。70年代に在籍した我々の時代には修学旅行はありましたから。我々が修学旅行に行ったのは1974年でしょうか。

「集団のなかに個々の責任が埋没してしまうような学校行事はむしろ進んで廃止し、そこで失われる修学旅行の美点は別の形で追求すべきであるという考えのもとに、78年を最後に廃止された」

修学旅行はしないという伝統は、小生が卒業してから出来たようです。しかし、我々の時代の修学旅行は「思い出目当ての団体観光旅行」からはかけ離れていましたから、「集団のなかに個々の責任が埋没してしまうような学校行事はむしろ進んで廃止」というのはちょっと違うような気がします。

記憶が正しければ、当時に修学旅行は「京都集合、京都解散」だったはずですし、団体行動などは一切なかったはずです。昼間から街を自由気ままに徘徊し、夕食後は夜の街にも出かけていきました。

雨でズダボロになった靴を下駄箱の上において乾かしていたらごみと間違えられたのか捨てられてしまい、京都の靴屋を何軒も梯子したことも印象深い記憶。70年代は27㎝の靴はほとんど売られていなかったから。結局旅館の下駄で東京まで戻る羽目に。

昼間の自由行動から早めに戻り、夕食のために準備されていた鍋の肉を各部屋から少しずつ頂戴して自分の部屋だけ肉の量を増やしたり、部屋の窓から階下の修学旅行中の女子高生の部屋にタバコを垂らしてみたりと、「思い出目当ての団体観光旅行」からはかけ離れた思い出一杯の修学旅行でした。

修学旅行前に学校から配られたのは「私は東京から来た修学旅行生です」という、万が一怖い人達に絡まれたときに見せるための印刷物。学校側も生徒が団体行動するなどということは全く念頭になかった時代

70年代を武蔵で過ごしたOBとしては「集団のなかに個々の責任が埋没してしまうような学校行事」だから廃止されたのではなく、個々が暴走していつ問題が起きてもおかしくない状況にあったことが修学旅行が廃止になった理由のような気がしてなりません。

今は校門を入ったところに「BE A GOAT, NOT A SHEEP(ひつじになるな、やぎになれ)」という看板が掲げられてやぎが飼われていますが、70年代にはいませんでした。もし70年代だったら「BE A SHEEP, NOT A LONE WOLF」という看板が掲げられていたように思えてなりません。

修学旅行はしないという伝統を作ってしまったのは、はからずも70年代を武蔵で過ごした我々かもしれません。

スポンサーサイト



近藤駿介

プロフィール

Author:近藤駿介
ブログをご覧いただきありがとうございます。
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動して来ました。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚をお伝えしていきたいと思います。

近藤駿介 実践!マーケット・エコノミー道場

入会キャンペーン 実施中!

著書

1989年12月29日、日経平均3万8915円~元野村投信のファンドマネージャーが明かすバブル崩壊の真実

近藤駿介 Official Site

各種お知らせ等はこちらから

FC2ブログランキング

クリックをお願いします。

FC2カウンター

近藤駿介 facebook

Recommend

お子様から大人まで
町田市成瀬駅徒歩6分のピアノ教室

全記事表示リンク

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

QRコード

QR