GDP600兆円? ~ 「生産性の低い有識者」による誤った目標設定と誤診が作り出すお伽話

「今回の具体案は、人手不足問題に代表されるように経済の供給力を高める施策を中心に据えた」(26日付日本経済新聞「総活躍で雇用117万人創出」)

政府が経済財政諮問会議で名目国内総生産600兆円の実現に向けた具体案をまとめたことが報じられている。

1990年のバブル崩壊以降、規模の拡大より質の向上を目指したはずだった日本社会は、再び「名目GDP600兆円」という経済規模を追い掛け始めた。

人口減少と高齢化が進むなかで質の向上を目指すのであれば、世界第3位を誇る「名目GDP」ではなく、IMFの統計で世界26位、約380万円に留まっている「一人当り名目GDP」を政策目標の掲げるということも可能だったはず。

因みに「一人当りGDP」第1位のルクセンブルグは約1,200万円、第6位の米国は約650万円、14位の英国は約510万円、20位のドイツは約480万円、22位のフランスは約440万円、30位の韓国は約320万円、75位の中国は約93.5万円となっている。

「名目GDP600兆円」と、例えば「一人当りGDP500万円」のどちらが日本経済の目標設定として相応しいかは意見が分かれるところだが、政治的にはスローガンとしては分かりやすくインパクトがある「名目GDP600兆円」の方が選ばれたということなのだろう。

次の問題は、「名目GDP600兆円」という目標に対して「供給力を高める施策を中心」に据える政策が相応しいのかというところ。

内閣府が発表している2015年暦年でのGDPギャップは▲1.3%だ。「現在のGDPは500兆円」(同日本経済新聞)だとすると、日本経済は6.5兆円(=500兆円×1.3%)の「需要不足(供給過多)」になっている。

日本のGDPギャップがマイナス(需要不足)になるのは、これで8年連続。1995年以降の20年間を見ても、GDPギャップがプラス(供給不足)になったのは1997年と2007年の僅か2年しかない。

つまり、この20年間、日本経済は慢性的な「需要不足」に苦しんでいるということ。これが日本がデフレから脱却できない根本的な原因となっている。

このように日本経済が慢性的な「需要不足」に陥っている中で、「供給力を高める施策を中心に据える」という政府の方針が適正なものなのかに関しては大きな疑問が残る。

「需要不足」の中で「供給力」を高めたら、物価が下落する、デフレに陥ることは経済の教科書に書かれている基本的なこと。「需要不足」によるデフレから脱却するためには、「有効需要」を増やすか、「供給力」を下げるか、選択肢はどちらかしかない。

不思議なことは、経済に対する知見が豊富だとされている「有識者」と称される人間を集めた「経済財政諮問会議」で、「需要不足社会を脱却するために供給力を増やす」という経済の教科書とは異なった結論が出されているところ。

「有効求人倍率」が28カ月連続で1倍を超えた水準を保っていることから、「人手不足問題」が深刻であるように報じられているが、「有効求人倍率」は所詮「求人倍率」でしかない。採用する意思が薄くても「求人」は「求人」。しかも「有効求人倍率」はパート求人を含む統計で、「正社員の有効求人倍率」は回復傾向にあると言え0.81倍に留まっている。これでは「非正規の賃上げ」など望むべくもない。

さらに、「有効求人倍率」を引上げている職種は、求職者が全求職者の0.1%しかいない「建設躯体工事の職業」(6.88倍)や、0.2%の「医師、歯科医師、獣医師、薬剤師」(6.61倍)、0.6%の「保安の職業」(5.74倍)、「建築・土木・測量技術者」(4.36倍)といった専門的技術が必要な職種と過酷な仕事。

これに対して、29.2%の求職者が求める「事務的職業」の有効求人倍率は0.43倍、その内の「一般事務の職業」は0.35倍と、3人の求職者に一つしか求人がない状況。

政府は「女性や高齢者の就労拡大」で「総活躍で雇用117万人創出」を達成しようと目論んでいるようだが、現在職に就いていない「女性や高齢者」のなかで、「有効求人倍率」の高い「建設躯体工事の職業」や「医師、歯科医師、獣医師、薬剤師」、「保安の職業」の「人手不足」解消に貢献出来る人材がどれほどいるというのだろうか。現状で3割近い求職者がいる「事務的職業」の雇用が増えない限り「総活躍で雇用117万人創出」という計画は「絵に描いた餅」でしかない。

過剰演出された「人手不足問題」の解決策として有識者達が呪文のように唱え続けているのが「生産性向上」。「生産性向上」は労働投入量を減らすことでもあると同時に、最も「有効求人倍率」の低い「一般事務の職業」で進みやすいもの。「一般事務の職業」で「生産性向上」が進められれば、「総活躍で雇用117万人創出」どころか、多くの雇用喪失を招きかねない。

「社会保障費の安定こそが節約志向を和らげるとの意見も多い。・・・(中略)・・・ 『現役世代の将来不安を少しでも払拭出来れば財布のひもを緩め、消費回復効果が期待できる』」(25日付日本経済新聞「景気足踏み リーマン級?」)

有識者の中には、このように今の「需要不足経済」を「社会保障費の安定」によって克服できると考えている人もいる。「社会保障費の安定」が「年金制度の安定」を指しているのだとしたら、かなりおめでたい考え方だと言える。

現役世代は「老後」に対する不安で節約志向を強めているのだろうか。確かにアベノミクスで推し進められている公的年金改革によって、「年金制度の安定」は望むべくもなくなってしまった。セミナー等で冗談交じりに「皆さんが年金受給者になる頃には、年金は株券や外債など現物支給になているかもしれません」という話しをするが、何時現実になってもおかしくない状況にある。

しかし、現役世代はこうした「老後不安」から節約志向を強めているわけではない。むしろ、無事に「老後」に辿りつくことが出来るかという不安を抱いているというのが現実ではないか。

政府・日銀は「2%の物価安定目標」を掲げているが、「生産性向上」と「モノの価格」の上昇は、共存可能なのだろうか。現役世代は、労働投入量を減らす「生産性向上」が進めば進むほど「事務の職業」を中心に「人の価格」が下落し、活躍する場を失う可能性が高いことを感じているからこそ節約志向を強めていると考えるのが自然のはずだ。

「総活躍社会」を実現するための第一歩は、相応しいか定かでない目標を掲げたうえに、「需要不足社会」を「供給力向上」によって解決しようとしていることなど、政府とその子飼いの「生産性の低い」有識者達が様々な誤診に基づいて繰り出す政策手段の誤りが、「総活躍社会」の足枷になっているという現実を認識することだ。

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