ジャクソンホールで見えて来たもの ~ 正常化を目指すFRBと、異常化を目指す日銀

時期はまだ定かではないが、米国の追加利上げは完全に射程圏に入ったといえる。

「労働市場における継続的な底堅い動きや経済、インフレ動向の見通しを踏まえ、フェデラル・ファンド(FF)金利を引き上げる論拠が過去数カ月間で強まったと確信する」(ロイター)

市場の注目を一心に集めていたジャクソンホールでのイエレン議長の講演は、市場の想定以上に「タカ派」であった。

同日発表された米4‐6月期GDPの改定値は、前期比年率プラス1.1%と速報値から0.1%の下方修正となったが、その内容はイエレン議長の「FF金利を引き上げる根拠が過去数か月間で強まったと確信する」という発言を裏付けるに相応しいものだった。

全体としてGDPは下方修正になったが、その主原因は将来の重荷になりかねない在庫投資の減少。個人消費は4.4%増と速報値の4.2%から上方修正され、設備投資の減少幅も0.9%と速報値2.2%から縮小し、内需を中心に景気が底堅いことを改めて示すものだった。

GDPが示した個人消費を中心とした経済の堅調さは、このところの強い雇用統計と整合性のとれるもので、「FF金利を引き挙げる論拠」として十分なもの。

これまでリスク要因として挙げられていた中国経済の失速を受けても個人消費が牽引する形で経済が成長していることに加え、英国EU離脱ショック後の金融市場が安定的に推移しており、「海外リスク」の影響が限定的になっていることもイエレンFRB議長にとって追い風となっている。

それでもイエレンFRB議長はこれまで同様「利上げは経済指標次第」という言葉を付け加えることを忘れなかった。しかし、それは懸念された「海外リスク」が軽減し、米国経済の動向だけで利上げの判断が出来る環境に近付いてきたとの宣言とも受け取ることが出来る。

「ただ議長は、利上げを決定する上でFRBは何を確認する必要があるのか、明確な道筋は示さなかった」(ロイター)

中央銀行総裁が利上げの時期を明確に示さないというのは当然のこと。しかし、「何を確認する必要があるのか、明確な道筋は示さなかった」というところに、必ずしも「利上げは経済指標次第」で実施できないというFRBの大人の事情が滲み出ているようだ。

それは言うまでもなく、11月に大統領選挙を控えていることだ。

仮にイエレンFRB議長が今回の講演で、以前よく使っていた「雇用の弛み」を確認する必要があるという見解を示してしまうと、8月の雇用等が強かった場合に利上げに追い込まれかねない。それゆえに「何を確認するがあるのか、明確な道筋」を示すことを避けたのだろう。

建前は「利上げは経済指標次第」だが、FRBはそれ以外に無視しえない大人の事情を抱えていると見ておいた方が賢明のようだ。

イエレンFRB議長の講演内容が市場予想以上に「タカ派」だったことに加え、フィッシャーFRB副議長も追随して「タカ派」的見解を示したことで、市場での利上げ観測は高まった。

CME FedWatchベースで市場が織り込む利上げ可能性は、9月が33%と前日比12%、年内が59.1%と7.4%上昇した。こうした見通しを反映する形で政策金利動向を反映しやすい米2年国債の利回りは前日比0.059%上昇の0.845%となったほか、米ドル指数も前日比0.80ポイント上昇の95.48となる一方、ニューヨークダウは53$下落し、市場は「射程圏に入った利上げ」に備える動きを見せた。

大統領選挙が迫るという慎重さを求められる局面で、まずはイエレンFRB議長は株式市場に不要な動揺を与えることなく金融市場に利上げを意識させることに成功したといえる。

これにより、9月2日に発表される8月の雇用統計は、今以上に注目されることになった。

「雇用の最大化」と「2%の物価上昇」というダブルマンデーとを抱えるFRBにとって、雇用統計で弱い数字が出ることは論外だ。しかし、大統領選挙という大人の事情を抱えるイエレンFRB議長にとって、強すぎる雇用統計も歓迎しにくい状況だといえる。

ジャクソンホールでのイエレン議長の講演によって利上げを意識させられた金融市場は、雇用統計の内容が強いものになった場合、急速に利上げを織り込みに行く可能性が高い。

「利上げは経済指標次第」と明言したイエレンFRB議長にとって、強い雇用統計が出る中で利上げを先送りするという判断は取り難い。その理由を明確に示すことが難しい上に、万が一その後発表される雇用統計が8月よりも弱い内容になった場合、11月のFOMCで利上げの正当性を示すことが難しくなり「金利の正常化」に失敗するリスクがあるからだ。

つまり、8月の雇用統計が強い内容になった場合、大人の事情を抱えるFRBも利上げに動かざるを得なくなる可能性は否定できない状況にある。

その雇用統計は、過去2か月の非農業部門雇用者数が6月+28.7万人、7月+25.5万人と、8月の統計が市場予想の+18万人であった場合3か月平均で+24万人に達し、好調の目安とされる+20万人を大きく上回る状況にある。それどころか、僅か+5.8万人で3か月平均+20万人を達成する状況にある。

今回のイエレンFRB議長の講演によって市場が織り込む利上げ可能性は上昇したが、まだメインシナリオは12月利上げであり、9月利上げ可能性は上昇したものの33%に留まっている。

市場が12月利上げ説をメインシナリオにしているのは、「利上げは段階的であるべき」というイエレンFRB議長の発言を拠り所に、もうしばらく「堅調な経済成長下での低金利」という最高の投資環境を享受したいと願っているからだ。しかし、僅か+5.8万人で3か月平均+20万人を達成する状況の中で33%という数字は低過ぎるともいえる。

雇用統計の内容によって市場が急速に利上げを織り込み、FRBが市場の描くメインシナリオよりも早く利上げに踏み切るというシナリオも念頭に置いておくべきだろう。

市場が12月利上げをメインシナリオに描くのは、大人の事情を抱えるイエレンFRB議長の本音が9月利上げは出来れば避けたいというものだと考えているからだ。

しかし、「利上げは経済指標次第」という認識を植え付けられた市場は、雇用統計次第で急速に利上げを織り込みに行き、そうした市場の動きが実際にFRBの利上げを呼び込んでしまう可能性は否定できない。FRBの信任に関わる問題だからだ。

今回の講演で市場に利上げを意識させることに成功したイエレンFRB議長が次にやらなければならないことは、1回の利上げで打ち止め感を出さないように、「穏やかなペース」であっても利上げが続くことを意識づけることになるはずだ。

それは、FRBが「金利の正常化」と「準備預金の正常化」という「2つの正常化」に取り組まなければならない状況にあり、利上げに打ち止め感を与えてしまうことは、「準備預金の正常化」を難しくしてしまうからだ。この点はこれまでのFRBの利上げ局面と決定的に異なる点だ。

大人の事情を抱えるFRBが9月に利上げに踏み切れるかは定かではない。しかし、重要なことは、メインシナリオが「利上げ先送り」から「利上げは射程圏」に変わることだ。金融政策の変更は、世の中の資金の流れを変えようとするものであり、投資家にとって最大のファンダメンタルズの変化であることは肝に銘じておかなければならない。

確かなことは、夏休みは終わったということだ。

米国の利上げが射程圏内に入ったことで、これまで100円前後で膠着状態になっていたドル円は101円80銭付近までドル高円安となり、海外の日経平均先物は16525円と、大証の引け値を100円以上上回った。

米国の利上げが射程圏に入ったことで、為替市場でのドル高圧力が高まる方向にあることは日本株には追い風である。しかし、一方では利上げによって米国株式市場が不安定化していく可能性は否定できない。金融政策の変更は資金の流れを変えるためのものなのだから。これは日本株にとっては逆風である。

米国の利上げによって日本にはドル高円安という追い風と、今後考えられる株式市場の波乱リスクという逆風の両方が吹き付ける可能性が高い。このように追い風と逆風が考えられる場合、市場はまず現実に起きている方に強く反応するのが一般的である。

従って、週明けの日本の株式市場はまずドル高円安という追い風に乗る形でスタートすることになる可能性が高い。

次に考えておくべきことは、米国の株式市場は「金利の正常化」という中で動くのに対して、日本の株式市場は日銀によるETF購入など「金融政策の異常化」の下で動くことになり、今後両市場の連動性は下がっていく可能性があることだろう。

東京株式市場では日銀のETF購入拡大の影響もあり、裁定買い残高は枯渇状況に陥っている。これまで日銀のETF購入が与える市場への影響の緩衝材の役割を果たして来た裁定買い残高が減少したことによって、今後日銀によるETF購入による市場への影響はより直接的に伝わる環境になっていくことは十分に考えられることだ。これは「日銀トレード」を目論む投資家にとっては好都合なことだといえる。

「金利の正常化」に舵を切っているFRBと、「金融政策の異常化」に向かう日銀。こうした金融政策の違いに伴って、両国の株式市場の連動性が落ちたとしても不思議なことではない。

「日銀トレード」など日本株市場で収益をあげられる機会は増えるかもしれない。しかし、問題は「金融政策の異常化」に走る中央銀行が世界の投資家から信頼を得られるかだ。「異常な金融政策」には「出口」はないが、「限界」があることを多くの投資家が知っているからだ。

日銀によるETF購入額の増額や裁定買い残高の現象など、目先日本の株価が大きく下落する要因はあまり見当たらない状況にある。しかし、それと同時に世界の投資家に魅力的に映る要因も見当たらないのが実情だ。

夏休みは終わる。しかし、外国人投資家の日本株への帰省ラッシュは期待できそうにない。株価は別として、市場全体の商いとしては秋枯れ相場が続くことを覚悟しておく必要がありそうだ。


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