2016/09/17
人権問題になりつつある「高畑裕太事件」
「事件は8月23日の午前2時過ぎに起こったが、裕太の供述調書によると、『2人でエレベーターに乗ってホテルに向かった』とされていて、歯ブラシのくだりは一切調書になかったという。」(16日付 「すっかりハメられたことが明らかになった高畑裕太」)もしこの記事に書かれている内容が事実なら、何故警察は不起訴処分にした理由として公表しないのだろうか。この記事が正しいとしたら、加害者が被害者だったということになり、人権問題となるはずだ。
警察は、事件発覚当初 「『歯ブラシを持ってきてほしい』と部屋に女性を呼び出し、犯行に及んだ」と発表していたただけに、説明責任があるはずだ。
冤罪であるなら、被害者だとされた女性の人権は守る必要がなくなり、加害者だとされる若者の人権を守る必要が出て来るのだから。
また、被害者を加害者だと決め付けた「公開処刑」報道を繰り返して来たメディアやコメンテーターはどのようにして高畑親子の名誉を回復するのだろうか。
記事が事実なら「公開処刑」報道を繰り返したメディアにも彼らの名誉を回復させる義務があるはずだ。
メディアは不起訴、釈放という結果が「想定外」などと言っているが、報道されていた事実を見れば不起訴、釈放というのは「想定内」で十分に想像できた結果のはずだ。
多額の示談金が支払われたかのような報道がなされているが、この記事が事実ならばそれは考えにくいこと。
視聴率等を考えれば、「有名女優の息子で売り出し中の若手俳優による強姦致傷事件」は美味しいネタだったかもしれないが、それが暴走報道を生んだとしたら大きな問題。
もちろん、この記事が正しいと断定することも現時点では危険だ。
何故この週刊誌にだけ「示談成立に至るまでの内幕」が流れたのか、何故実際に加害者であった人達が逮捕されないのか、美人局だとしたら何故「知人」が警察に通報したのか、という数々の疑問が残されているからだ。
現時点で言えることは、この事件は、何事においても、客観的情報に基づいて予断を持たずに考える必要があり、メディアや周囲の雰囲気に流されてはいけないという教訓を与えてくれる出来事だということだ。
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