化けの皮が剥げた「駅前演説は野田」の演説能力

29日午後の参院予算委で、政府・与党が決定した復興増税案に関する「復興で日本経済が立ち直ろうとしているときに、水を差すようなことをなぜやるのか」との批判に対して、野田首相は「将来の世代に借金を残すというのは、避けなければならない。加えて、世界のグローバルな経済の動きの中で、一国の財政、一国の経済を考えているときではないと思っているので、責任ある対応を貫きたい」と述べ、財政規律を守りながら、財源を確保するためには、今の世代での増税が必要だという考えを示した。

一見尤もらしいものであるが、如何にも財政再建原理主義に染まりきった財務省のお役人が考えそうな解答であり、完璧な「我田引水」。

まずは「将来の世代に借金を残す」という発言。これは「国債」を「借金」と見做す偏ったものである。当り前であるが、借り手から見た「借金」は、貸し手から見れば「資産」である。財政再建原理主義者は「国債=国の借金」と決め付けるが、国債の95%を国内消化出来ている日本の現状においては、「国の借金≒国民の資産」と言えるのである。この「借金」と「資産」の両面性を無視して「借金」としての面だけをことさら強調する発言は、明らかに公平性に欠いた恣意的なものである。

「世界のグローバルな経済の動きの中で、一国の財政、一国の経済を考えているときではない」という野田首相の発言もまた意味不明。

経済学には「皆が貯蓄に励むと、誰も貯蓄出来ない社会になる」という「合成の誤謬」を表す言葉がある。世界が一斉に「財政再建」に向かう現在の世界をこの「合成の誤謬」を表す言葉に当てはめると、さしずめ「世界各国が一斉に『一国の財政』を考えて緊縮財政に向かってしまえば、どの国も財政再建を果たせない世界になる」という感じである。

つまり「どの国も財政再建を果たせない世界」を避けるためには、「一国の財政、一国の経済」に囚われずに、「財政再建」よりも「経済成長」を優先する、世界経済に「責任ある対応」をとる国が必要不可欠なのである。

ドジョウ宰相が「一国の経済を考えている時ではない」と本当に考えているのであれば、世界経済が縮小均衡に向かう危機的状況にある今、「増税による財政再建」は最もとってはいけない政策のはずである。

「駅前留学はNOVA、駅前演説は野田」というお得意のフレーズで「弁が立つ」ことをアピールして来た野田首相。その化けの皮は、極めて短い国会審議の中で剥がされてしまった。NOVAも野田も看板に偽りがあった。残念ながら、野田首相の演説能力も演説内容も、所詮誰も足を止めて真剣に耳を傾けない地元駅前の辻立ちでしか通用しないレベルであり、日本や世界が耳を傾ける国会では通用するレベルではなかった。
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近藤駿介

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