AIJ問題の本質~「リスクの低い運用を続けたら積立不足が起きる」という現実

「AIJ投資顧問の顧客となった厚生年金基金の多くは積み立て不足を起こしていた。こうした基金はリスクが高い運用に飛びつきがちだ。だが厚生労働省は積み立て不足問題の解決に向けた取り組みを先送りし続けた」。

25日付日本経済新聞は「AIJ問題 積み立て不足を放置 厚労省 年金基金チェック甘く」という記事の中で、この様に報じている。一見尤もらしいが、この記事は日本経済新聞が、年金基金の資産運用の現実を理解していないことを表したものである。

この記事が指摘しているような、「積立不足を起こしていた厚生年金基金がリスクの高い運用に飛びついた」ことや、「厚生労働省が積立不足問題の解決に向けた取り組みを先送りにし続けた」ことは、現象論としては正しい指摘だが、今回の問題の本質ではない。

日本経済新聞が見落としているのは、「リスクの低い運用を続けたら積立不足が起きる」という現実である。

日本国内で最も「(元本割れ)リスクの低い投資資産」は国債である。しかし、この最も「リスクの低い投資資産」である国債の利回りは、10年債で1%弱、償還まで1年や2年の債券では0.1%強でしかない。

これに対して年金基金は、将来の年金給付に備えるために、総合型基金で5.5%程度、企業年金基金で2.5%程度の期待運用利回りを求められている。

期待運用利回りが5.5%ということを簡単に言えば、1年後に105万5000円の年金給付が必要だとしたら、今手元に100万円が必要であるということ。それは、今手元に100万円あれば期待運用利回りの5.5%で1年間運用すれば給付に必要な105万5000円を確保出来るからである。

しかし、現実には期待運用利回り5.5%、あるいは2.5%を達成出来る「リスクの低い運用」は存在しない。

手元資金100万円を「リスクの低い運用」に振り向けた場合、1年後の資金は100万1000円程度にしかならない。105万5000円の年金給付が必要な基金にとって、「リスクの低い運用」を行ったら差引5万4000円の「不足金」が出てしまうことになる(実際の定義とはことなるがイメージとしてはこのような感じ)。

「リスクの低い運用」で「不足金」が生じた場合、年金財政をバランスさせるためには、年金基金に参加している企業に足りなくなった5万4000円を追加的に拠出してもらい穴埋めするか、年金支給額を5万5000円から1000円に大幅に引き下げるかのどちらかが必要となる。

「我が国の法人のうち、利益を計上し法人税を納めている法人は3割程度であり、残りの7割の法人は欠損法人になっています」(財務省HP)という経済状況下では、企業が簡単に追加的資金拠出に応じることは難しい。

また、5万5000円を受け取れることを前提に生活設計している年金受給者に対する支給額を1000円に引き下げるということも現実問題として不可能である。これは、国ですら過去の特例措置の影響で本来より2.5%高くなっている年金の支給額の引き下げ実施を先送りにして来たことからも明らかなこと。

多くの年金基金は、既に給付の引き下げや、掛金の引上げを実施している。従って、多くの年金基金は「リスクの伴う運用」で「不足金」を生じさせないようにして行く以外に選択肢が無い状態に追い込まれているのである。

「リスクの低い運用」を続けても「不足金」が増え続けるという環境を常態化させてしまったことが、AIJのような悪質な投資顧問会社に付け入る隙を作ってしまった根本的な要因である。

もうひとつ重要な視点は、「投資教育の失敗」である。

1990年に生じたバブル崩壊以降、日本は国をあげて「貯蓄から投資へ」というキャッチフレーズの下、株式を始めとしたリスク資産投資を推奨し続けて来た。しかし、今回のAIJ問題によって、年金資産を預かる年金基金にすら「国債よりも高い利回りの商品には何かしらのリスクがある」という「投資原則」が浸透していないことが露呈されてしまった。

「デリバティブを使って安定的な収益をあげる」などという言葉を鵜呑みにし、どんな運用か確認しないで資金を預ける基金が続出したという事実は、「貧すれば鈍す」という状況に追い込まれていたことを差し引いても、日本のこれまでの「投資教育の失敗」を証明する出来事である。

日本の投資教育の問題点は、「株価や為替の当てっこゲーム」に参加することが、さも「投資」であるかのようにしてしまったことである。こうした歪んだ投資教育によって、デイトレーダーの増加や、レバレッジを利かしたFX取引の拡大という「効果(?)」は出たものの、「国債よりも高い利回りの商品には何かしらのリスクがある」という投資の基本概念の浸透が進まず、国民の貴重な財産である年金資産が傷つけられたことは残念なことである。

「AIJ投資顧問が企業年金から運用受託していた約2000億円の大半が消失した問題を受け、民主党は3月1日に「年金の運用管理に関するワーキングチーム(WT)」(仮称)を立ち上げる方針だ。蓮舫前行政刷新相が座長に就任し、投資顧問会社の監督強化などの提言をまとめる」。

久々に蓮舫氏の復活である。そしてこのWTにはかつて「Mr.年金」と称された長妻元厚生労働相、原口元総務相などが名を連ね、顔ぶれだけ見るとさしずめ「あの人は今」チーム。また、かつて公的年金(GPIF)の運用範囲を巡って、「成長分野への積極運用」か「安全資産での運用」か、で対立関係にあった原口元総務大臣と長妻前厚生労働相の組合せも興味深いところ。

民主党のWTの顔ぶれにも表れているが、日本の年金が抱える問題として忘れていけないことは、「制度」を中心に考えられ、「運用」が軽視され過ぎていることである。こうしたことは、厚生年金基金の常務理事の多くが、今でも元社会保険庁の出身者で占められているところにも表れている。

「リスクの低い運用」を続けることで年金制度が維持出来る環境下では「制度」を熟知した人が基金の運営に当っていても何の問題も生じて来ない。しかし、「リスクの低い運用」を続けるだけでは「不足金」が増え続ける状況になった今日では「制度」を熟知していること以上に、「国債よりも高い利回りの商品には何かしらのリスクがある」という「投資の基本概念」を身に付けている人物が年金基金の運営に関わる必要性が増して来ている。

「制度」に一家言持つ人を含めた民主党の「あの人は今」チームは、おそらくAIJを筆頭に金融庁など攻撃対象となる「悪役」を定めて厳しい批判を浴びせ、監督強化を要求して来るのだろう。しかし、それは今の年金業界が抱える問題の本質的解決には繋がらない、所詮「政治的パフォーマンス」に過ぎないもの。年金「制度」に詳しい「あの人は今」チームの言動が、日本の「投資教育の程度」を測るバロメーターになりそうだ。
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