AIJ問題が浮かび上がらせた日本の課題 ~「理論的に不可能」なことを理論的に説明できない「専門家」

「改ざんされたAIJの運用成績は当初から専門家の間で『理論的に不可能』と指摘されてきたのに、多くの中小基金は虚偽を見抜けなかった。…(中略)…厚労省は中小基金の資金を連合会で共同運用すれば、分散投資を徹底したり、虚偽の運用を見抜いたり出来るとみている。連合会の運用規模は10兆円で、資産運用の専門家も抱えている」

12日付の日本経済新聞の一面では「中小の年金 共同で運用 AIJ問題を受け 連合会に一任」という見出しで、厚労省が中小の厚生年金基金の資金を共同運用する方針を固めたことが大きく報じられている。厚労省が固めた方針は、厚生年金基金が今後AIJのような悪質な業者に取り込まれないようにする上では一つの選択肢である。しかし、これは「失敗から学ぶ」という本質的な解決法にはならない。

軽視されているのは、「AIJの運用成績は当初から専門家の間で『理論的に不可能』と指摘されてきた」という部分。

確かに、業界内ではAIJの運用成績が不自然に安定していることが疑問視されてきた。それにも拘わらず多くの厚生年金基金がAIJの毒牙に引っかかってしまった大きな原因の一つは、「専門家」と称されている人達が、「理論的に不可能」であることを、理論的に説明できなかったことにある。

(そのほか、根拠なく同業他社を批判することは営業妨害になりかねないという問題から、金融庁への通告という間接的な方法をとらざるを得なかったことも、時間的なロスを生み、被害者を増やす要因となった。)

コンサル会社も含めた「専門家」と称される人達が「理論的に不可能」だと指摘する根拠は、「金融市場で運用している限り、勝ち続けることなどあり得ない」という、常識的だが、情緒的、曖昧なものである。こうした常識的判断は極めて重要であるが、曖昧な判断基準が行き過ぎてしまえば、運用成績が安定しているファンドは、全て怪しいということになってしまう。これでは、運用成績が安定しているファンドを選びたいという投資家のニーズを満たすことは出来ない。

そして、何よりも「なぜAIJが謳っている投資戦略では、AIJが偽装した運用成績を実現することが理論的に不可能なのか」を学ばなければ、今後、時々致命的ではない損失を出しているかのような虚偽の報告をする「AIJの進化形」が表れた際には、対応できないことになる。

「AIJの運用成績が『理論的に不可能』」な理由を、「金融市場で運用している」ことに求めてしまうと何の進歩もない。「理論的に不可能」という理由を、AIJが掲げる運用戦略との合理性から論じなくてはならない。

AIJは、「オプションの売り戦略」と「デルタヘッジ(≒持ち高調整)」の組み合わせによって、「安定した収益」を確保すると謳っている。しかし、「オプションの売り戦略」と「デルタヘッジ」の組み合わせでは「安定した収益」を確保が難しいことは、実践的なオプション知識を有している「専門家」にとっては常識である。

詳細は省略するが、「相場の方向性(要するに株価が上がるか下がるか)」に投資する投資家にとっては、「コールオプション(買う権利)」と「プットオプション(売る権利)」は180度違う投資行動になる。しかし、「デルタヘッジ」を行う投資家(ディーラー)にとって、「コールオプション」と「プットオプション」に大きな差はない。

「デルタヘッジ」を行う投資家にとって問題なのは「自らがオプションの買い手となるか、売り手となるか」という点である。「自らがオプションの買い手」となった場合には「安定した収益」を確保する確率は上昇し、「自らがオプションの売り手」に回った場合には「安定した収益」を確保できる確率が下がるからである。

「オプションの売り戦略」と「デルタヘッジ」の組み合わせによって、「安定した収益」を確保する、と謳うAIJの投資戦略は、実践的知識では考えにくいものなのだ。「運用規模は10兆円で、資産運用の専門家も抱えている」という連合会の「専門家」は、再発防止のためにも、こうしたことを厚生年金基金にきちんと教えるべきである。

国会での証言で、アイティーエム証券の西村社長が、「(山一證券とアイティーエム証券に在籍した30年超の間)オプション取引を行ったことはありません」と発言したことに象徴されるように、日本ではオプションをはじめとしたデリバティブの実践的な知識を有している人間は、資産運用業界でもきわめて少ないというのが現実である。

厚労省は、厚生年金基金の常務理事が殆ど運用経験のない人物であったことを問題視しているようであるが、現実問題として国内のファンドマネージャーでも、こうした実践的知識を持ち合わせているのはほんの一握りであり、「運用経験の有無」に問題の原因を求める限り、現実的な解決策は殆どなくなってしまう。

こうした状況に陥った一つの要因は、1990年以降に日本に植え付けられた「デリバティブ悪玉論」である。感情論による無用な「デリバティブ悪玉論」により、「デリバティブを運用にどのように活かしていくのか」という思考が日本では全く育たなかったのである。実際日本の運用会社には「現物株での損失ならいいが、デリバティブの損失は認めない」とう、意味不明の文化も存在していた。こうした非論理的な感情論がネックとなって、日本の資産運用業界ではデリバティブの実践知識を身に着けた人物は育たなかったのである。

当然ながら、運用機能を持たないコンサル会社では、デリバティブの実践経験を持つアナリストは殆ど存在しない。コンサル会社がAIJの商品を推奨していなかったのは、AIJがコンサル会社のインタビューに応じなかったからであり、AIJが掲げた「理論的に不可能」な運用を「理論的に不可能」だということを証明する能力をコンサル会社が持ち合わせていたからではない。

勿論、コンサル会社が「理論的に不可能」だということを理論的に証明する能力を持っていなかったとしても、AIJがコンサル会社を避けることでコンサル会社の推奨を得られず、コンサル会社が被害の拡大を抑制する役割を果たしたという点では存在意義はあったともいえる。しかし、コンサル会社が「理論的に不可能」だということを理論的に証明する能力を持っていれば、もっと早く、もっと強く警鐘を発せられたはずである。

無用な「デリバティブ悪玉論」は、副作用として日本社会に「デリバティブは魔法の杖」であるかのような誤った信仰を醸成させてしまった。今回のAIJのように、「オプションの売り戦略とデルタヘッジを組み合わせて安定的な収益を確保します」という「理論的に不可能(困難)」な説明を受けても、理論的矛盾を質すことも出来ず、疑わしくも否定できないがために毒牙にかかってしまう基金が続出したのは、日本の誤った「投資教育」の悲しい結末でもある。

数か月後の日経平均や、ドル円相場の「当てっこゲーム」など、何回繰り返しても「投資教育」にはならないことを、政府も、業界も、マスコミもそろそろ認識すべきである。

AIJ問題は、基本的にはAIJの個別の問題であり、厚労省の対策の有効性とは関係なく、今後AIJのような大きな問題が続出する可能性は高くない(AIJの他に4社ほどあるとされているが)。しかし、デリバティブの実践的知識を持たない「有識者」達が机上の理論で考え出す方針では、将来発生するかもしれない同様の問題の目を摘み取るという目的を達成することは期待薄である。対処療法と共に、将来に日本社会のためにも、「投資教育」の在り方を再検討すべきである。

【蛇足】
五十嵐財務副大臣は4月21日、埼玉県狭山市で開いた会合で「AIJのほかも4つくらい問題のある業者があるといわれている。(年金基金などの)犠牲者がたぶん出てくる」と発言した。現在業界の中ではこの件に関して様々な噂が流れているが、その中で最も警戒されている業者の運用責任者が、先週日本経済新聞系のテレビ東京の番組の中で相場の見通しなどを語っている映像が流された。その業者が問題のある業者であるかは噂の域を出ない不確かなものあるが、テレビの影響力や、コメントを求める相手としてその業者である必要性がなかったことを考えると、個人的には軽率な報道であったように思える。
AIJに関しては、日本経済新聞の子会社であるR&Iが、投資家向けのアンケート調査で第1位にランクしたことが問題になった。日本経済新聞は、R&Iが行ったアンケート調査の問題から何も学んでいないようである。
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