野田、小沢再会談~「節目」を迎える日本の議会制民主主義と、野田総理の「誤った処方箋」

「5月30日の会談では元代表が反増税の姿勢を崩さず平行線に終わった。首相は次回も歩み寄りが難しい場合、法案成立に向け自民党との連携路線に大きくカジを切る構えで、政局は節目を迎える」

野田総理と小沢元代表の再会談が3日に行われることになった。「首相は次回も歩み寄りが難しい場合」となっているが、「政治生命を賭ける」と啖呵を切ってしまっている首相が小沢元代表に歩み寄ることはないはずなので、小沢元代表が野田総理に平伏さない限り、野田総理は「消費税率引き上げ法案に反対する小沢氏を説得できなければ、決別すべき」と「小沢切り」を主張する自民党との連携に走るということ。

どのような形で「小沢切り」を実施するのかは分からないが、マニフェストで掲げた政策の実行を主張する元代表を切り、マニフェストで消費税10%を掲げていた自民党との連携に走るという総理の判断は、異様なもの。建前論から言えば、党で決めたマニフェストを反故にして消費増税に固執する野田総理が民主党を離党し、消費増税をマニフェストに掲げている自民党に入党するのが筋のはずである。

政治家個人の好き嫌いは別とし、連立協議で消費増税はしないと決めたことを理由に消費増税法案閣議決定に反対し、離党に追い込まれた国民新党の亀井前代表に続いて、マニフェストで掲げていない消費増税に反対の立場を貫く小沢元代表が離党を迫られるというのは、日本の民主主義の大きな汚点となる。「節目を迎える」のは、「政局」よりも、日本の議会制民主主義そのものである。

法的拘束力のないマニフェストに掲げられたものを絶対に変えてはならないとしたら「政策の柔軟性」が失われるという指摘も尤もである。しかし、「政策的柔軟性」が許されるのは、「戦術論」の部分であり、「基本方針」の部分ではあってはならない。

民主党は、2009年の総選挙で、「国民の生活が第一」をスローガンとしたマニフェストを掲げ、「『税金のムダづかい』を一掃し、明日の日本を切り開く」ことを訴え、政権交代を実現した。「税金のムダづかい」を一掃出来なかったとしても、現実問題としてそれは許容の範囲内とも言えるが、「国民の生活が第一」というマニフェストの「基本方針」を曲げることが許されるとしたら、それは選挙で「政治的詐欺」を認めることになってしまう。

選挙で「政治的詐欺」がまかり通るというのは、国民の参政権を否定することであり、違憲状態とされる現在の「一票の格差」以上に深刻な問題である。

マニフェスト選挙にもいろいろな問題点はある。しかし、マニフェストの「基本方針」を、政権与党の都合で簡単に変えられてしまうことが許されてしまうのでは、旧態依然とした地縁血縁の選挙や、地域ぐるみ業界ぐるみの選挙と何ら変わらなくなってしまう。

政策の善悪の問題以前に、「国民の生活が第一」という民主党が政権交代を成し遂げた際のマニフェストの「基本方針」から逸脱し、「国民生活に負担を強いる」消費増税実施は、「政策的柔軟性」を超えた「政策転換」であり、国民の信を問い直すべき「政策転換」である。

野田総理が「政治生命を賭ける」としている「消費増税による財政再建」は、政策としても間違っている。

ソブリン危機に見舞われている欧州各国は、景気が悪化する中、「増税を伴う緊縮財政」での財政の立て直しを迫られ、さらなる苦境に陥っている。消費増税原理主義者の理屈は、日本も欧州のようにソブリン危機に見舞われる前に、「消費増税による財政再建」を目指すべき、というものである。

しかし、この如何にも尤もらしく聞こえる理屈には、重要な視点が欠落している。それは、「資金をどこから調達したのか」というものである。

欧州のソブリン危機問題の本質の一つは、ユーロ圏各国が「外国から資金を調達している」ということである。国債の調達の半分以上を海外に頼っているということは、「国の借金≒国民の借金」ということである。従って、国の借金を返済するために、国民も負担を強いられるのは、ある意味当然である。

統一通貨ユーロ誕生前までは、欧州各国は「自国の調達能力」の範囲内でしか国債発行が出来なかった。しかし、「通貨統合」が状況を一変させ、「自国の調達能力」を超える国債発行を可能にしてしまったのである。

これに対して日本は、日本国債の外国からの調達は6%強であり、その94%近くを国内で調達している。言い換えれば、「自国の調達能力」の範囲で国債発行をしている。

国債による資金調達を、殆ど国内で出来ている日本で、ユーロ圏諸国と同様に「国の借金=国民の借金」と決めつけるのは正しくない認識である。日本の実態は「国の借金≒国民の資産」であり、「国の借金=国民の借金」ではない。単に「国の借金=政府の借金」でしかない。

海外から資金調達をしていない日本の政府が、海外で「消費増税による財政再建」を「国際公約」にでっち上げるというのは、借金を抱えていない家庭で、奥さんから借金をしている旦那が、世間に対して「奥さんに借りているお金は、毎月の小遣いを減らして必ず返します」と宣言しているような滑稽なものでしかない。

(ソブリン危機に見舞われているユーロ圏と、日本の経済実態が大きく異なっているということについては、拙ブログ「新興宗教と同様の手法で「財政原理主義」の布教に邁進する野田内閣~誤った現状分析と、あり得ない理屈」(http://opinion21c.blog49.fc2.com/blog-entry-349.html)を是非ご一読ください。)

日本が問題にしなくてはならないことは、国債の発行残高が多いことよりも、「国民の資産」が国債に集まり過ぎ「国民の資産≒国債」となっていることである。それは、1%にも満たない利回りの国債以上に安全かつ優位な運用先がないことを意味している。国債以上に優位な運用先を増やすことが出来れば、「国民の資産」が国債に過度に集中することもなくなるはずである。「国の借金≒国民の資産」という方程式が成り立っている日本では、右辺の「国民の資産」の選択肢を増やし、「国民の資産」の分散が図れるそういう経済状況を作り出すことで、左辺の「国の借金」を減らしていくことを考えるべきなのである。

消費増税は、国債以上に安全かつ優位な運用先を減らす政策であると同時に、「国民の資産」を直接減らすことで「国の借金」を減らすという、「国民の生活が第一」という民主党マニフェストの「基本方針」から大きく逸脱し、「国(政府)の財政が第一」、「国民よりも政府が重要」という政策である。野田総理が主張する「消費増税による財政再建」は、マニフェストの「基本方針」からも、日本経済の処方箋として政策的にも間違っている。

同じ「国債発行残高が過大」という問題も、その原因が異なれば、処方箋が変わってくるのは当然のことである。小沢元代表が「現時点では、日本の財政にはまだ余力がある」と発言しているのも、こうした点を念頭に置いたものであるはずである。

もし、野田総理が今でも「国民の生活が第一」と思っているのであれば、3日に予定されている小沢元代表との会談では、「真摯に」経済状況の違いについて教えを乞い、小沢元代表に歩み寄ることで「政局」を回避するべきである。

どの党が政権を担おうとも、現在の日本では「国民の資産」を直接減らすことで「国の借金」の減額を図るのではなく、「国民資産」の運用先選択肢を増やすことで間接的に「国の借金」を減らすことを図るべきである。「政局」になろうがなるまいが、「大局」から、「経済音痴総理」が国を滅ぼしかねない政策に暴走することは、阻止しなくてはならない。
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