中国は高成長国家であり続けられるのか(続)~「アナログ時代」に高度成長を果たした日本、「デジタル時代」で高度成長を目指す中国

中国は日本のように長期間に渡って「世界の工場」としての地位を維持出来るのか。それは必ずしも簡単なことではない。何故ならば、「世界の工場」としての地位を維持するためには、幾つかの条件が必要であるが、日本が「世界の生産基地」として立場を固めて行った1960年代の状況と、現在の中国を取り巻く環境との間に幾つも相違点があるからである。

そして、ここで重要な視点は「時間軸」である。

一つは為替である。為替レートを取り巻く環境は、1960年代の日本と、足元の中国では大きな相違がある。

日本はブレトン・ウッズ体制によって1971年まで1$=360円に、1973年1月までは1$=308円に固定され、こうした日本にとって優位な交易条件が日本の「世界の生産基地」としての地位を築くのに大きな貢献をした。日本は1968年に当時の西ドイツを抜いて世界第2位の経済大国(当時はGNPベース)となったが、そこから3~5年間為替レートは日本にとって優位な状況を維持出来たのである。

これに対して、昨年日本を抜いて世界第2位の経済大国になった中国。その通貨人民元は、世界第2位の経済大国になる6年も前の2005年7月から通貨バスケットによる管理フロート制を導入し、穏やかながらも元は対US$で切り上り続けている。しかも、米国のロムニー共和党大統領候補が大統領に就任した暁には、管理フロート制を採用している中国を「為替操作国」に認定すると明言しているように、まだ通貨切り上げ圧力を受け続けている。

要するに、米国の庇護のもとにあった1960年代の日本と、米国を筆頭に世界の標的になっている今の中国とでは、置かれた環境が全く違うと言えるのである。そこには、イデオロギー対立が存在した1960年代と、イデオロギー対立が殆どなくなった現在という政治的な相違もあるのだろう。ともかくも、置かれた環境が全く違うということは、将来の結果も異なってくる可能性が高いということである。為替という観点からすると、中国が1960年代の日本ほど優位なレートを維持出来る「持ち時間が短い」ということは確かである。

現在中国は、「世界の工場」「世界最大の消費市場」という両面で世界から注目を浴びている。重要なのは、この2つの命題は独立したものではなく、「世界の工場」としての地位を維持し続けない限り、「世界最大の消費地」という期待を達成することは出来ないということである。「世界の工場」としての地位を維持し続け、「分厚い中間層」を形成することが出来てはじめて「世界最大の消費市場」という地位は築くこと、維持することが可能になるからである。

では、中国は「世界の工場」としての地位をこの先維持し続けて、「分厚い中間層」を築きあげることが出来るのだろうか。これは、巷間言われているほど容易いことではない。むしろ極めて難しい命題だと言える。

中国が「世界の工場」としての地位を維持するための重要な要素は「賃金水準」である。JETROが公表している「製造業 一般工職」の月額賃金で比較した場合、中国の「賃金水準」は、日本と比較すると1/10程度(沖縄2,829US$、瀋陽299US$、大連316US$)であり、日本に対しては依然として比較優位の状況にある。しかし、ベトナム(ハノイ111US$、ホーチミン130US$)に比較すると3倍近く、最近注目を集めているバングラデシュ(ダッカ78US$)やミャンマー(ヤンゴン68US$)に比較すると4倍以上に達しており、他のアジア諸国に対する「賃金水準」面での競争力は経済成長と共に既に色褪せ始めている。
アジア諸国賃金比較

こうした他のアジアの国と比較して中国の「賃金水準」が既に高くなってしまったことで、労働集約型の産業は、中国からアジア各国にシフトし始めている。

中国商務省が先月発表した2012年1~9月の対中直接投資(FDI、実行ベース)は、日本を含めた対中投資総額は3.8%減の834億2000万ドルだった。注目される点は、日本が17.0%増の56億2000万ドル(約4,460億円)と投資を増やしたのに対して、欧州連合(EU)27カ国の対中投資は6.3%減の48億3000万ドル、米国も0.6%減の23億7000万ドルといずれも減少させたこと。欧米からの直接投資の減少は、「賃金水準」の上昇という理由だけでなく、欧米の景気状況というお国の事情を反映したものでもあるが、中国投資に対する慎重姿勢は、9月に起きた過激な反日デモによって加速する可能性が指摘されている。

重要なポイントは、「賃金水準」という面で、既に中国の比較優位性は薄れ始めて来ているということである。

さらに見落としてはならない重要な視点は、日本が高度成長期を迎えた1960年代と異なり、「デジタル化」「グローバル化」が進んで来ているということである。日本が30年間も成長を持続出来たのも「アナログ時代」のお話しであり、経済の「グローバル化」も進んでいなかったからである。「ドッグイヤー」、さらには「マウスイヤー」と言われるほど社会と技術の変化が速くなった現代社会で、中国が日本の高度成長期と同じように長期間継続的な成長が果たせると考えるのは無理があると言わざるを得ない。

低賃金を大きな武器に「世界の工場」として世界第2位の経済大国に駆け上がって来た中国。その中国でも、無人化工場が増え続けている。「賃金水準」が日本の1/10前後にある中国で、既に無人化工場が増えて来ているということは、労働力が経済成長のボトルネックになり得ないことを示唆するものである。

日本経済新聞は中国が「農村から都市への労働力の供給が底をつき、人手不足に陥る『ルイスの転換点』を迎えた可能性」を指摘するが、「ルイスの転換点」が問題であるならば、これは工場の無人化等の効率化投資で解決できる可能性がある。足元の中国の失業率が4.1%前後と、先進各国に比較して極めて低い水準にあることが、こうした「ルイスの転換点」という「人手不足」というリスクの説得力を増す一つの要因になっているのかもしれない。

失業率は中国で唯一の公式失業統計だが、これは出稼ぎ労働者など約1億6000万人が含まれていない都市部のみの偏ったデータである。中国の雇用情勢の実態は、温家宝首相が「中国の労働市場は今後さらに悪化する可能性があり、政府は一段の雇用創出に向け努力する必要がある」と警告を発する状況にある。要するに、少なくとも足元の中国が抱える問題は、「ルイスの転換点」という「人手不足」の問題ではなく、約1億6000万人とも言われる出稼ぎ労働者が職に就くことが難しいという「失業問題」なのである。

こうした状況下の中国で、「賃金水準」の問題等で、人手を必要としない無人化工場が増え続け、労働集約型産業が他のアジア各国にシフトするとしたら、「世界の工場」という地位(第2次産業の就業者比率)を維持出来なくなる可能性は否定し得ない。ここでは切り上げ圧力を受け続けている為替も、中国にとっては向い風となる。

「ドッグイヤー」「マウスイヤー」と称される現代社会で、「分厚い中間層」を築き上げる時間的猶予を確保することは難しい。

日本の高度成長を達成可能とした一つの要因は「アナログ時代」だったことである。社会の進歩がアナログスピードであったために、長い期間労働集約型産業が存続することで、多くの雇用が守られ、それが30年近く第2次産業就業者比率を30%以上に保ち、「分厚い中間層」形成の大きな原動力となった。

これに対して「デジタル時代」に台頭してきた中国。世界第2位の経済大国なり、第3次産業就業者比率が第1次産業就業者比率を上回った段階で、労働集約型産業は他のアジア各国にシフトし始め、国内では生産効率を高めるために無人化工場が増加して来ている。これは、既に中国は大量の労働力を必要としない社会に「ドッグイヤー」で向かっているということ。中国にとっての最大の敵は「時間」であり、「分厚い中間層」を築くために必要な時間を確保出来るかは疑わしい限りである。もし「分厚い中間層」が形成されないとすると、その先にある「世界最大の消費市場」という地位を築いていくことも困難だと言わざるを得ない。

もし、中国が「世界の工場」としての地位を維持し、「分厚い中間層」の構築を優先するとしたら、政策的に「賃金水準」を他のアジア各国並みに引き下げ、労働集約型産業を国内に残す必要がある。しかし、この選択肢では「分厚い中間層」を形成するまでに気の遠くなるような時間が必要であるし、その間、今の共産党一党支配という政治体制を維持出来る保証はない。

「デジタル時代」の寵児として短期間のうちに疾風のように世界第2位の経済大国に成長してきた中国。これまでフォローの風として背中を押して来た「デジタル時代」の風は、今後向い風となって吹き付ける可能性がある。「デジタル時代」に台頭してきた中国の今後を、日本の「アナログ時代」の経験をそのまま当てはめ、「中国経済は今後とも高成長を続ける可能性が高い」と結論付けるのは、あまりに短絡的である。

日本が気を付けなければならないことは、「デジタル時代」のなかで、中国が労働集約型経済の次の段階である「高付加価値化・研究開発型」に短期間のうちに、まさに「ドッグイヤー」でシフトしていくことである。「賃金水準」による比較不利を、無人化工場などで埋め合わせた後に来るものは、研究開発などの高付加価値を消費地に近いところで行うことである。

足下の中国は「分厚い中間層」を形成するに至っていないが、「世界最大の消費市場」である。これに対して、日本はこれまで形成されて来た「分厚い中間層」がこぼれ落ち始め、消費地としての魅力は失われ始めている。日本の消費地としての魅力の低下を放置しておけば、日本の最後の頼みの綱である「高付加価値・研究開発」も国外流出してしまう可能性が高まってしまう。これを阻止するためには、消費地としての魅力の源泉である日本の「分厚い中間層」を維持しなくてはならない。そしてそのためには、「世界の生産基地」としての地位の重要性を再認識し、内需を維持しなくてはならない。

こうした観点から考えると、「こぼれ落ちかけた中間層」を直撃する可能性の高い消費増税や、関税の完全撤廃を前提としたTPPへの参加などは、「大局的見地」から、今の日本では進めてはならない政策である。日本が「デジタル時代」を生き延びていくための最後の拠り所は、「デジタル時代」では短期間に形成できない「分厚い中間層」が存在することである。

「決められる政治」などという空虚なキャッチフレーズを振り回し、日本が高度成長期から築き上げてきた「分厚い中間層」という貴重な資産を崩壊させてしまえば、ロムニー米国大統領候補が「10年あるいは1世紀にわたる衰退と苦難に陥っている国」と揶揄するような、単なる「経済退国」になり下がるだけである。「デジタル時代」で「分厚い中間層」を再構築するのは極めて困難な作業なのだから。
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近藤駿介

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Author:近藤駿介
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ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動して来ました。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚をお伝えしていきたいと思います。

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