想定される「総選挙後の最悪の景色」 ~ 「勝っても負けても与党」

「なにかがすっぽり抜けおちているような気がしてならない。政党がしのぎをけずる選挙だから、原発をはじめ、おたがいに異なる点を、ことさら強調して、ぶつかりあうのはしかたがない。だが、今、本当に問われているのは、ちょっと違うのではないか」

日本経済新聞の5日付第一面に掲載された「『明日の日本』判断を」という記事は、こうした書き出しで始まっている。しかし、その主張は、「なにかがすっぽり抜けおちている」「ちょっと違うのではないか」のオンパレード。

「『反』『脱』『卒』…いろんなものを否定してばかりいて、その先をどうするつもりなのか。…(中略)… しかし、子や孫の時代まで豊かで自由な生活を営むためには、一流国家で踏みとどまろうとする頑張りがいるに違いない」

「いろんなものを否定してばかり」と主張しているが、「反」「脱」「卒」は全て「原発」にかかったもの。「いろんなものを否定してばかり」なのではなく、「原発」を否定しているだけの話。「原発」を否定する有権者達を、「いろんなものを否定してばかり」の有権者であるかのように決めつけるのは「ちょっと違うのではないか」。

そもそも、「原発」によって「子や孫の時代まで豊かで自由な生活を営む」権利を奪われた国民が多く存在している中で、「一流国家で踏みとどまろうとする頑張りがいる」という理由で、暗に「続」が正しい選択であるというように議論を誘導しようとするのは、被災者、被災地が「すっぽり抜けおちている」全くのお門違いの論理である。「一流国家で踏みとどまる」ために、「続」を選択し、同じリスクを背負い続ける「頑張り」以外に選択肢はないというのだろうか。

「そうしないと有権者は判断をまちがえる。一つの争点だけで選挙をやった結果、何がもたらされたかは過去2回が教えるとおりだ」

確かにその通りだが、過去「一つの争点だけで選挙をやった」のは、有権者でなく「政党」である。「政党」が「一つの争点だけで選挙をやった」ことは大いに反省すべき点ではあるが、有権者が複数の争点のなかで「一つの争点」を重視して選挙に臨むことは当然のこと。「原発」を主要な争点に掲げている政党は多数あるが、少なくとも「原発」だけを争点に掲げて戦おうとしている政党は殆どない。この新聞は、どうしてここまで露骨に「原発」を争点から外そうとするのだろうか。

この記事は、「有権者側にも、チェックポイントが少なくとも3ついる」と、ありがたい御宣託を示してくれている。それは、「①過去の業績評価=マニフェストをどこまで達成できたか」「②将来への期待≒政策を個別にみて比較するのではなく全体としてとらえること」「③政党の在り方=理念や価値観がちがったメンバーが、選挙目的にあつまったら、必ずつまずく」の3つである。

一つ目の「過去の業績評価=マニフェストをどこまで達成できたか」という主張は完全な詭弁。民主党政権、特に野田政権が国民の支持を失ったのは、「マニフェストをどこまで達成できたか」ではなく、「マニフェストに掲げていない消費増税法案を成立させた」ことだからである。

「失われた20年」からの脱却のメドが立たない中で、この新聞が「将来世代にツケを回すな」という無意味なキャッチコピーを振り回して消費増税法案成立の後押しをしたことこそ、この新聞のありがたい御宣託の2つ目「政策を個別で見て比較するのではなく全体としてとらえること」に反する暴挙である。「財政再建待ったなし」、だから「消費増税が不可避」という誤った信仰こそ、「将来への期待」を奪い、「一流国家で踏みとどまる」ことを難しくしていることに気付いていないのだろうか。

「そのうえで『決められる政治』に向けた政権の枠組みが出来るかどうかが焦点となる。…(中略)… それが変るのは民主と自民が組んだ時だけだ。日本が二流国家になろうかという瀬戸際で、政治リスクを解消するには来年末の参院選までは民 ・自公の協力政権のかたちを探るほかにない」

ここに、この新聞の本性が表れている。要するにこの新聞の目標は、民 ・自公の協力政権という「既得権益を守る政権」の樹立であるということ。「日本が二流国家になろうかという瀬戸際」に追い込まれた一つの要因は、この新聞のような、政権に迎合し自らに都合のよい主張だけを繰り返し、国家のために「全体をとらえた批判」を放棄した「二流マスコミ」が増えたことである。

国民にとっての最大の不幸は、今回の総選挙のあと、民 ・自公の協力政権という「勝っても負けても与党」という状況が出来上がることである。民 ・自公の協力政権が出来上がり、「決められる政治」が実現されることが国民の民意なのだろうか。それは「ちょっと違うのではないか」。

【補足】
先日「日本維新の会」選挙公約発表記者会見の席上、橋下代表代行は、大手メディアが「マニフェスト選挙を台無しにした」と強く批判した。しかし、大手メディアにとって都合の悪いこうした発言は、あまり報じられていない。記者会見自体は、決して品の良いものではなかったが、橋下代表代行のマニフェストに関する指摘は正論であった。

橋下代表代行 政権公約発表記者会見  (20120/11/29 マニフェストに関する発言部分)
公約っていうのは何かってことを考えてください。公約というのは弁護士と依頼者との法的な約束じゃないんです。間違っていますよ皆さん。大体ね、今回マニフェスト選挙というか公約の存在自体をね、台無しにしてしまったのは大手新聞社はじめメディアですよ。僕はずっと言って来た。
今回の消費増税についてもね、僕は国民の皆さんに負担を求めなければいけないことは十分に承知していますけどね。民主党はマニフェストにも書いていないし、しかも選挙前にね「増税はしません」と言い切っていたんですよ。言ってた。言ってたにも拘らず大手メディアはなんて言ったか。「状況が状況なんだから、今の国の状況を見たらね、それは上げざるを得ない」。朝日新聞なんかなんて言っていたと思いますか。朝日新聞はね、「そういうことはね時として、場合によって政治に考え方は変わる、最後の選挙でね審判を受ければいいんだ」、こんなこと言っているんですよ。
一方で僕らが大阪の方でですよ、「君が代の起立斉唱条例」やろうと思ったら、「マニフェストに書いてない、書いてない」、朝日新聞は大騒ぎしていた。それは自分達の気に食わないことはマニフェストに書いていないから「やるな、やるな」と言っておいて、増税は必要だからってマニフェストに書いてなくてもやってもいい。ムッチャクチャですよ。
今の政治、選挙の役割は二つありましてね、選挙は事前審査なのか、事後審査なのかですよ。僕も行政の長をやっているからこうしたこと分かります。選挙はね、今までだったら事後審査だった。ようは自民党中心に明るく、元気な日本にしていきますよ、と言って通って、事前に何を言うかはあまり関係なかった。で自民党が政権を取ってですね、その間の4年間か3年間かその政権運営を見て、それでよかったら選挙で通ってた。ようは事後チェックだったんです。これじゃまずいだろうということでマニフェスト選挙が生まれて来た。国民の皆様に約束をして、そこで選挙で選んでもらおうと。
しかし、それをひっちゃかめっちゃかにしたのは、あの消費増税をメディアが一切批判せずに「やれやれ」「やれやれ」と言ったメディアの責任ですよ。あんな状態だったらマニフェストなんか作っても意味ないですよ。だって、変えたっていいんでしょ。後の選挙で、3年後、4年後でチェックを受けりゃいいんでしょ。何のためにこれみんな公約なんて掲げているんですか。変えたっていい。そんな薄っぺらいね、意味もないマニフェストにしてしまったのは、メディアの責任ですよ。
消費税増税がね必要なことは分かってますよ。やらなきゃいけないことは。それだったら、それをやる前に選挙踏まさないと。意地でも。そりゃ日本の民主主義、日本の政治ってものをちゃんと確たるするものにするんであれば、マニフェスト選挙とか事前審査をしっかりやるんであればね、消費増税を後からの選挙で審判を受けましょうなんて、そんなのとんでもないですよ。
皆さんに聞き来たいのはマニフェストってのはどこまで重要視しなければいけないんですかってことですよ。もう前回の消費税増税で、別に書いてないことをやってもいい、絶対やらないと公言していたこともやっていいとなった。僕はそれでもいいですよそのやり方で。後は4年間で閉めの段階で選挙で審判を受けるということでいい。どっちなんですか。
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近藤駿介

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