見たくもない初夢 ~ 事実を捻じ曲げてでも「TPP交渉参加」の正当化に走る日本を代表する経済紙

「第1の課題は海外の活力をどう取り込むかだ。アジアの潜在的な成長力は強く、米欧にもまだビジネスチャンスがある。…(中略)… 要になるのは環太平洋経済連携協定(TPP)への参加だろう。日本が成長市場で稼ぎ、国内に利益を還流させるには、貿易・投資の自由化が欠かせない。この交渉に一刻も早く加わるべきだ」

「結論ありきの政権」は派手に散ったものの、「結論ありきのマスコミ」は未だ健在のようだ。3日付の日本経済新聞は、「国力を高める(2)富を生む民間の活力を引き出そう」という社説で「(TPP)交渉に一刻も早く加わるべきだ」と主張したのに加え、「見たい初夢 見たくない初夢」という特集を組み、その中で「TPPから取り残された 日本外しで雇用流出」というとんでもない仮想ルポを掲載した。

「聖域なき関税撤廃を前提とする限り交渉参加反対」と主張する安倍内閣が誕生したことで、TPP推進派として、かなり危機感を抱いているのかもしれない。しかし、社説の主張も、仮想ルポも、とても日本を代表する経済紙としての品格に欠ける内容。

「京大の若杉隆平名誉教授らの研究によると、輸出企業は非輸出企業の3倍の雇用を生み、25%高い賃金をもたらす。製造業の海外展開で国内産業が空洞化する恐れはあるが、グローバル化の果実に目を向けないわけにはいかない」

「国力を高める(2)富を生む民間の活力を引き出そう」という社説の中では、京大の若杉隆平名誉教授の名前をだし、自らの主張の正当性を高めようとしている。

確かに2011 年1 月に独立行政法人経済産業研究所が出した「グローバル化と中国の経済成長」(RIETI Policy Discussion Paper Series 11-P-002)の中でも、「こうした輸出企業の国内企業に対する優位性はしばしば『輸出プレミア』と呼ばれる。若杉他は、日本の輸出企業は国内企業に対して2005 年の時点で平均的に63%雇用者数が多く、15%程度全要素生産性が高いと報告している。また、輸出企業は国内企業より80%高い平均賃金を支払い、28%高い資本集約度(一人当たり資本ストック)を有する」と記載されており、若杉名誉教授の指摘は事実なのだろう。

しかし、同じパラグラフ内ではその要因として「輸出企業と国内企業の相対的パフォーマンスは内外需を巡る環境によっても影響を受けることに留意が必要である。日本では2000 年から2005 年にかけて実質輸出が年平均で6%増加した一方、家計消費の平均伸び率は1%程度にとどまった。これに対し、この間の中国の家計消費は毎年7%の平均増加率で拡大した。このように、国内市場が著しい勢いで拡大している中国においては、輸出産業と国内産業の間でパフォーマンスの格差が見られた日本に対し、輸出企業の優位性は顕在化しづらい可能性がある」という指摘がなされている。

つまり、この新聞は内需が拡大している中国で「輸出企業の優位性」は見られないことから、日本経済新聞が指摘する「輸出企業の優位性」は、「日本では2000 年から2005 年にかけて実質輸出が年平均で6%増加した一方、家計消費の平均伸び率は1%程度にとどまった」という「内外需を巡る環境」の影響を受けた結果である可能性があるという、肝心な指摘を削除し、都合のいいところだけをピックアップして報じているということ。

日本の内需が低迷した結果顕在化した「輸出企業の優位性」を根拠に、さらに内需低迷に繋がる「産業空洞化」のリスクを負ってまで「グローバル化の果実に目を向けないわけにはいかない」と結論付けるのは、滅茶苦茶な論理である。目を向けるべき問題は、これまで「輸出企業の優位性」が内需拡大に繋がらなかったことのはずである。

「足元ではTPPの締結に向けた交渉が進んでいる。昨年12月の拡大交渉会合で、参加11か国は2013年中に妥結を目指すという方針を確認した。10月にも基本合意に達する可能性がある。…(中略)… 米国議会のルールでは、参加を表明してから交渉に入れるまで90日かかる。1月末に参加を表明しても、各国との話し合いに合流できるのは早くて5月の交渉会合からだ。今年はラストチャンスといえる」

「TPPから取り残された」という仮想ルポの締めくくりの「目覚めてみれば」という囲み記事の中では、このような早期交渉参加を煽るような指摘がなされている。しかし、こうした指摘は1年以上前から繰り返されているもの。

「正式協議を合わせると米議会の参加承認を得るのには半年間程度が必要な見込みで、早期参加表明しても来夏(2012年:筆者注)にまとまる予定のルール策定作業に実質的に加われない可能性も出てきた」

2011年11月にはこのような国益を損なう可能性があるが如くの指摘がマスコミで繰り返されていたことは記憶に新しいところ。こうした事実から窺えることは、「TPPの締結に向けた交渉」は難航しているということ。

「TPPは単なる自由貿易協定(FTA)を広げることを超えた意味を持つ。米国を核に先進国が導く自由貿易の新機軸という側面だ。世界貿易機関(WTO)では先進国・新興国の対立が深まり、合意形成は望みにくい」

「米国を核に先進国が導く自由貿易の新機軸という側面」というが、現在TPP交渉に参加しているのは、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランド、米国、オーストラリア、マレーシア、ベトナム、ペルー、カナダ、メキシコの11か国。このうち先進国とされているのは米国、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア(一部分類ではシンガポールも先進国に分類されている)の4か国(或いは5か国)である。こうした顔触れによる交渉を見ると「米国を核に先進国が導く自由貿易の新機軸という側面」というよりも、「成長力のある国に米国のルールを押付ける側面」が強いとも言える。

また、11か国中6~7か国が新興国という事実の前では、「世界貿易機関(WTO)では先進国・新興国の対立が深まり、合意形成は望みにくい」、だから「TPPだ」という主張も色褪せ気味である。「合意形成は望みにくい」からこそ、TPP締結交渉は時間が掛かり、毎年日本に「ラストチャンス」が訪れていると考えるのが自然である。

日本経済新聞を筆頭に、日本のマスコミは「TPP交渉参加」に踏み切ることが「決められる政治」であるかのような歪んだ主張を繰り返している。しかし、「TPP交渉に参加しない」という決定も、立派な「決められる政治」である。

TPPに限らず、多様な意見があることは当然であるし、マスコミが己の意見を主張することも当然である。しかし、自らの主張を正当化するために、事実を歪めたり、詭弁を使ったりすることは慎むべきである。2013年「見たくない初夢」は、マスコミが事実を歪めたり、詭弁を使って世論を自らの主張する方向に誘導しようとする報道姿勢である。
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