年金消失 ~ 「自己責任原則」「モラルハザード」、尤もらしい言葉の陰で見え難くなるもの

「厚生年金基金制度を10年間で廃止し、1兆円を超える基金の損失を公的年金で補填する-。AIJ投資顧問による巨額の年金消失事件は、舞台になった厚生年金基金制度廃止議論に発展した。厚生労働省は2013年、制度廃止に向けて動き出す。だが、厚生労働省案は、企業年金の自己責任原則に反し、基金のモラルハザード(倫理の欠如)を助長しかねない副作用を持つ劇薬でもある」

4日付日本経済新聞は「視点2013 年金消失 公的救済 是か非か」という特集記事を掲載している。その中で「私的な企業年金運用で失敗したのだから、その損失処理も自己責任原則を徹底するのが基本だ」という主張をしている。

「AIJ投資顧問による巨額の年金消失事件は…」。どうでもよいことかもしれないが、日本のメディアはAIJ事件にふれる際に「年金消失事件」という表現を使うことが多い。2007年に発覚した社会保険庁の単純なミス、怠慢等で多くの年金記録が消滅し、その年の流行語大賞にもなった「消えた年金」にあやかった表現なのかもしれない。しかし、AIJ事件は「年金詐欺事件」であり、役所の単純なミスや怠慢で生じた問題とは根本的に異なる。根本的に異なる詐欺事件を「消失」という単語を使って報じているのは、暗に厚生労働省など行政側に積極的な非がなかったことを印象付ける狙いがあるかのようである。

確かに、「自己責任原則」は投資における基本原則であり、こうした主張も尤もである。しかし、厚生年金基金の制度問題にこれを持ち出すのが適切であるかについては若干の疑問が残る。それは、行政側に幾つもの不作為があるからである。行政サイドからすれば、AIJによる年金詐欺事件は、行政が放置して来た厚生年金基金制度に関する不作為から国民の目を逸らすための格好の事件であったともいえる。

厚生年金基金で大きな問題になっているのは、1.1兆円にも及ぶと言われている「代行割れ」である。代行制度とは、「厚生年金基金が、会社員の厚生年金保険料を国から預かって運用する」というもの。運用資金の少ない厚生年金基金が、国から厚生年金保険料を借りて運用資金を膨らませ、レバレッジを利かして運用しているということ。分かりやすく言ってしまえば、FXの年金版である。借入に相当する「代行部分」の比率は、多くの厚生年金基金で運用資産の7割程度であり、3倍~4倍のレバレッジが掛かっていると言える状況にある。

厚生年金基金の国からの借入コストは、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用利回りである。GPIFは107兆強(2012年9月末時点)の資産の約3分の2を国内債券と短期資金で、約9%を外国債券で運用しており、資産の約4割を国内外の株式に振り向けている厚生年金基金に比較してリスクの低い運用をしている。

これは、厚生年金基金にとって、株式の下落は借入コストであるGPIFの運用利回りを下回る逆ザヤ(借入コストが運用収益を上回る)に繋がることを意味している。内外債の利回り低下(価格上昇)によって厚生年金基金の収益がプラスであったとしても、厚生年金基金以上に内外債を持っているGPIFの運用利回りを上回るのは難しく、逆ザヤに陥ることになる。つまり、厚生年金基金が代行部分で収益を確保できるのは、現実的には株価が上昇した場合に限られてしまう。

こうした状況下で円高やデフレを長期間放置すれば、厚生年金基金制度が立ち行かなくなることは、制度を作った行政側は当然認識していたはずである。

通常、資金を貸す(預ける)場合、相手(借手)の返済能力のチェック(与信審査)をするものである。代行制度によって、サラリーマンから集めた厚生年金保険料を、厚生年金基金に実質的に提供している以上、厚生年金側が借手側の厚生年金基金の財務内容、運用状況をチェックしていて然るべきである。

しかも、もともと社会保険庁の天下り先として設立されたともいわれる、全国581ある厚生年金基金には、721人に及ぶ国家公務員OBが天下っており(数字は2012年3月1日時点)、行政側が厚生年金基金の情報を得るのは比較的容易いと言える状況であった。

また、行政側にはGPIFをはじめ、年金運用の専門家とされる人材も豊富にいたはずである。国民(サラリーマン)から徴収した厚生年金保険料を、与信もせずに天下り先であった厚生年金基金に預けた結果生じた損失を、厚生年金基金の加入事業所や、サラリーマン全員に負担させるのが、「自己責任原則」の求める姿なのだろうか。こうした解決方法は「貸手責任」を見えなくするものでもある。

「借りたカネを返すのは基本。安きに流れてはいけない」

この記事の中では慶応大学教授のこうした言葉が引用されている。ここでいう「借りたカネ」とは、厚生年金基金が国から預かった厚生年金保険料のことであり、厚生年金基金と国とのカネの貸し借りの関係についての指摘である。一方、国と国民(サラリーマン)との関係に着目すれば、貸手は国民であり、借手は国である。「借りたカネを返すのは基本」という基本に則れば、国が国民(サラリーマン)に負担を求めるのは筋違いということになる。

「AIJ年金消失」「公的救済の是非」に焦点を当てすぎると、見え難くなるものも出てくる。同じような過ちを繰り返さないためにも、「自己責任原則」「モラルハザード」といった尤もらしい言葉によって見え難くなるものにも目を向ける必要がありそうだ。
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