次元の違う議論 ~ 「農業強化策」と「TPP交渉参加」

「政府は18日、産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)を首相官邸で開き、農業強化策の検討に入った。首相は『農業を成長分野と位置づけて産業として伸ばしたい』と強調。林芳正農相は農産物輸出の倍増や農地のフル活用を目指す方針を表明した。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加表明をにらんだ環境整備で、6月をめどにまとめる政府の成長戦略に盛り込む」

19日付日本経済新聞の1面を飾ったのは、「首相 『農業、成長産業に』  競争力会議農地フル活用 TPPへ環境整備」 という記事であった。今週末の安倍総理の訪米を控え、TPP推進派の議論も大分加熱気味になって来ている。

それとともに、本来「次元の違う」課題であるはずの「農業強化策」と「TPP交渉参加表明」も、一緒くたに議論されてしまっている。議論をごちゃ混ぜにすることで、「農業に成長余地があるから『農業強化策』の検討をする」のか、「TPP交渉への参加表明をするアリバイ作りのために、成長余力に関係なく無理矢理 『農業強化策』を検討する」のか、分かり難くなって来ている。

農地の集約など、日本の農業の効率化を高めたり、「若い人たちに魅力的な分野」(安倍総理)にしたりするために必要な規制緩和に関しては、国産の農産物に対する信頼感を持っている多くの国民から支持を得られるはずである。

「4500億円にとどまる農林水産物の輸出額を2020年に1兆円に倍増させる」という目標も、「農業強化策」の目標値としてはあって然るべきである。しかし、これをTPP交渉参加問題と絡めると、途端に議論が怪しくなって来る。

今月12日に農林水産省が発表した「農林水産物輸出入情報」によると、2012年の農林水産物の輸出総額は4,497億円である。これに対して輸入額は7兆9106億円であり、日本の総輸入額70兆6743億円の11.2%に相当する規模である。農林水産物の多額の輸入超過は、単純計算で約500兆円の日本のGDPを1.5%ほど押し下げていることになる。食料自給率の問題もあるが、日本のGDPを上昇させるために「農業強化策」は重要な課題。

しかし、これをTPP参加で解決できるかというと、そうではない。同じく「農林水産物輸出入情報」によると、日本の農林水産物輸出先のTop3は「香港」「米国」「台湾」である。これに対して輸入先Top3は「米国」「中国」「カナダ」である。

こうしてみると、農林水産物輸出先Top3のうち、TPP交渉に参加しているのは「米国」だけである。反対に輸入先Top3では「米国」「カナダ」がTPP交渉参加国であり、TPP交渉参加していないのは「中国」だけである。

さらに、「香港」は「対日輸入適用税率:すべての品目が、ゼロ関税で輸入できる」(JETRO)。要するに、TPPに参加した場合、関税の引下げで輸出増が期待出来るのは「米国」だけであるのに対して、関税の引下げによって「米国」「カナダ」からの輸入が増える可能性が高い状況にあるということ。

日本の「農林水産物輸出倍増計画」自体は政策目標として正しいものだと思われるが、そのために「TPP交渉参加が必要不可欠」という議論は説得力の乏しいものである。

「米国と欧州連合(EU)が幅広い経済連携を目指して、自由貿易協定(FTA)交渉を始めることになった。安倍政権は、米欧が急接近する理由と日本やアジアへの影響を正しく読み取り、民主党政権下で停滞していた通商政策を立て直さなければならない」

同じ日の日本経済新聞は、「安倍首相にTPP決断を迫る米欧連携」と題する社説でも、TPP交渉参加すべしとの主張を繰り広げている。

「痛みを覚悟で両者が交渉に踏み切るのは、経済成長の活路を自由貿易に見いだしているからだ。ユーロ危機に伴う緊縮財政で、欧州は内需の成長が見込めない。リーマン・ショックの後遺症が残る米国は輸出への期待が大きい」

この社説の中ではこのような主張が展開されている。しかし、リーマン・ショックの後遺症を引きずる米国が、「内需の成長が見込めない」欧州に対する「輸出への期待」をしてEUとのFTA交渉を始めるという理屈に説得力を感じる読者がどれほどいるのだろうか。

EUは、域内の関税はない自由貿易圏であり、その経済規模(GDP)は米国を上回り世界の約25%を占める大経済圏である(TPP交渉参加9ヵ国の経済規模約25%、日本、カナダ、メキシコを加えて約38%)。金融政策の統一という状況の違いはあるが、大きな自由貿易圏を形成しているEUが「内需の成長が見込めない」状況に陥ったということは、必ずしも自由貿易が経済成長の必要条件ではないということを示唆したもの。

「TPPはその次世代のルールの土台となる可能性が大きい。早急な交渉参加が日本の責任である」

この社説はこのように結論付けているが、何回読み返しても、「早急な交渉参加が日本の責任である」という結論に納得感は得られない。日本にとって「農業活性化策」は必要だが、これは「TPPへの早急な交渉参加」の必要性や「日本の責任」を意味するものではない。TPPに関して闇雲に「交渉参加ありきの議論」を繰り返すのではなく、「議論の活性化」を図ることこそが、「メディアの責任」である。
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