知りたいことが殆ど明らかにされなかった次期日銀総裁候補の所信表明

「日銀が2%の物価安定目標を設定して、早期に実現することを宣言したのは画期的だ。私が総裁に選任されれば、1日も早く目標を実現することが、何よりも重要な使命になる」

日本銀行新総裁候補の黒田東彦アジア開発銀行総裁は、衆院議院運営委員会で所信を表明、「デフレ脱却に向けてやれることは何でもやるという姿勢を明確に打ち出す」ことを強調、安倍総理と「同じ考えを有する人」であることを強調した。

しかし、何故「2%の物価安定目標を1日も早く達成すること」が中央銀行の「何よりも重要な使命」だと考えることに関しては、何の言及もなかった。

内閣府は先月25日、日本経済の需要と潜在的な供給力の差を示す「需給ギャップ」が、2012年10~12月期は▲3.1%と、7~9月期(▲2.9%)から需要不足が拡大し、18四半期連続でマイナスとなったとする試算を発表した。金額に換算すると名目ベースで年15兆円程度となり、需給面からのデフレ圧力は根強く残っている状況にある。

このように、「需要」が年15兆円不足している経済状況下で、中央銀行が「2%の物価目標」の達成するためには、少なくとも15兆円以上の「需要」を作り出し、「需要超過」状況に持って行く必要がある。中央銀行が「無担保」「無保証」というモラルハザードを起こすというのであればともかく、国債を中心とした資産の買い入れで、「2%の物価安定目標」を達成するのに必要な「需要超過」状況をどのようにして生み出すというのだろうか。

「黒田氏の話は歯切れが悪く、2%の物価安定目標を達成することに自信がないのではないか。どのような具体的な方法を考えているのか」

委員会では民主党議員からこのような質問がなされたようだが、確認するべきだったのは、「2%の物価安定目標を達成」に対する黒田ADB総裁の「自信の有無」ではなく、黒田ADB総裁の掲げる「日銀による資産購入で目標が達成可能である」という主張の正当性であったはずである。

こうしたことは、質問者が日銀の金融政策についての知見が乏しいことを露呈するもの。さらにひどかったのは、日本維新の会の議員から出された、「(2%の物価安定目標は)2年で達成はできると確信して良いか」という素人以下の質問。次期日銀総裁候補の所信を確認する大切な委員会の委員が、金融に関して全くの素人というのでは、委員会は単なるセレモニーになってしまう。

「日本国内に日銀が買うことができる金融資産は何百兆円もある」

これまでこのようなコメントを繰り返し、国債以外の資産購入も匂わして来た黒田ADB総裁。しかし、今日の所信表明では、「市場の規模が一番大きい国債の購入額を増やすことが自然だ」と、国債の買い入れを増やす方針であることを明白にした。確かに、24年度末の普通国債発行残高見込みは約700兆円であり、国債だけで「何百兆円もある」状況。換言すれば、購入対象資産を広げることによる新たな金融緩和効果は見積もっていないということ。そうだとすると、白川日銀総裁との違いは、買入れペースを速めるところ。

「日銀が短期の国債ばかり買うと、大半を日銀が保有することになり、市場の流動性が低下するので、バランスの取れた金融緩和をやるには、より期間の長い国債を大量に買うことが自然だ」

「日銀が買うことができる金融資産は何百兆円もある」と豪語する一方、「日銀が短期の国債ばかり買うと、市場の流動性が低下する」と主張する次期日銀総裁候補。ちなみに、24年3月末時点で残存期間3年以下の普通国債の残高は259兆円で、当時の発行残高の38.7%を占め、最も流動性の高いゾーン(3年超6年以下は21.4%、6年超9年以下は15.0%、9年超20年以下で19.3%)となっている。

また、日銀の「資産買入等の基金」による国債の買入残高は24年9月末で約25兆5000億円と、3月末時点の残存3年以下の普通国債の10%程度に留まっており、日銀が購入金額を増やしても、直ちに「流動性が低下する」状況にはないと言える状況。

こうしたことから想像されることは、外債購入に否定的な見解を持つ次期総裁候補が思い描く目玉政策は、「国債の購入ペースを速める」ことと、「日銀が購入する国債の長期化」というありふれたものだということ。

では、「日銀が購入する国債の長期化」によって、「2%の物価目標」を達成出来るのだろうか。

次期日銀総裁候補者が衆院議院運営委員会で、「日銀はデフレ脱却に向けて国債だけでなく、社債、その他の資産を買い入れてきた。この点は評価されるがその規模、具体的な買い入れ対象等は早期に2%の物価目標を達成するという強いコミットメントを達成するにはまだ十分ではない」と所信を表明する直前、日銀は2月のマネタリーベースを発表した。

発表された2月のマネタリーベースは129兆3148億円と、前月比▲2兆6057億円、率にして▲2.0%の減少となり、次期総裁候補の「規模、具体的な買い入れ対象等は早期に2%の物価目標を達成するという強いコミットメントを達成するにはまだ十分ではない」という指摘通りの内容であった。

しかし、前年同月比でみると、金額で16兆8739億円の増加、率にして15.0%の増加となっており、この規模が十分か不十分かの判断は「結果が全て」。問題は、この1年間のハイパワードマネーの増加額16兆8736億円のうち、約85%に相当する14兆3712億円が、日銀当座預金の残高増で占められている点。日銀がこの1年間に増額した資金16兆8739億円のうち、実際に市中に出回わったのは僅か2兆5027億円に留まったということ。

「日銀が購入する国債の長期化」を訴えた次期総裁候補は、供給した資金の殆どが日銀に還流して来ている事実をどのように受け止めているのだろうか。「日銀が購入する国債の長期化」によって、市中に出回る資金量が大幅に増えるという論理的な見通しを持ち合わせているのか、議院運営委員会の議員に是非確認して貰いたかった。

そもそも「2%の物価安定目標」というのは中央銀行の掲げる目標として相応しいものなのだろうか。こうしたインフレターゲット設定の合理性については、今年に入りFRBが2%というインフレターゲットを設定したことでお墨付きを得た格好になったこともあり、「世界の中央銀行では当たり前」という一言で片づけられてしまっている。

確かに、世界で20ほどの国及び地域の中央銀行が、実質的に2%前後のインフレターゲットを設定している。しかし、その殆どの国のCPIは、2%というインフレターゲット水準を上回っている。CPIがマイナスの国でインフレターゲットを掲げているのは、通貨高に見舞われた日本とスイスくらいである。つまり、殆どの国が、「インフレ抑制」の目処としてインフレターゲットを設定しているのに対して、日本では「デフレ脱却」の目標としてインフレターゲット設定しようとしている。「インフレ抑制」を目的として利用している多くの国と、「デフレ脱却」の目標値として利用する日本と、インフレターゲットを同列に論じていいのだろうか。

インフレターゲット

「デフレ脱却を目指す日本がインフレターゲットを設ける理由」、「2%の物価安定目標を達成するための新たな手法」、「日銀が購入する国債の長期化の当座預金残高への影響」…。

残念ながら、議員運営委員会で行われた黒田次期日銀総裁候補の所信表明では、これら確認したかった事項の一つも明らかにはされなかった。次期総裁候補が、「デフレ脱却のために何でもやる」という意気込みと、「安倍総理と意見が同じ」ことは伝わったが、同時に「新しい金融緩和手法」を持ち合わせているわけではないこと、議院運営委員会の委員達の金融行政に対する知見の乏しさが明らかになる所信表明でもあった。
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コメント

>議院運営委員会の委員達の金融行政に対する知見の乏しさが明らかになる所信表明でもあった。

は同意しますけどね、

>つまり、殆どの国が、「インフレ抑制」の目処としてインフレターゲットを設定しているのに対して、日本では「デフレ脱却」の目標としてインフレターゲット設定しようとしている。「インフレ抑制」を目的として利用している多くの国と、「デフレ脱却」の目標値として利用する日本と、インフレターゲットを同列に論じていいのだろうか。

というのはどうでしょう。
自分などは英語力もないのど「ターゲット」というと「的」を思い浮かべちゃうんだけど、この場合棒グラフより分布図の方がしっくりきますよね。
的からどれだけ外れているかが問題な訳で、それが下に外れようが上に外れようが修正の仕方が違うだけで狙う「的」は同じで変える必要はないでしょうに(違います?)。
そうなると、日本とかスイス(アメリカは何とも)届かないんだからやっぱ飛距離を長くする方法を採るべきですよね。もう少し長い距離を狙う=長期国債とか、もう少し上(3~4%)を狙うみたいな。
逆に飛びすぎちゃってるならそんな方法はまずいだろうけどね。
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近藤駿介

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Author:近藤駿介
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ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動して来ました。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚をお伝えしていきたいと思います。

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