「成長戦略」の中核は女性である ~「次元の同じ女性政策」から「レジームチェンジ」が必要である

「現在、最も活かしきれていない人材とは何か。それは、『女性』です。女性の活躍は、しばしば、社会政策の文脈で語られがちです。しかし、私は、違います。『成長戦略』の中核をなすものであると考えています」

19日、安倍総理は日本記者クラブで行った、「成長戦略スピーチ」のなかでこのように述べ、「大胆な金融緩和」、「機動的な財政政策」に次ぐ「第3の矢」である「成長戦略」の中で、「女性が成長戦略の中核をなす」という「異次元の主張」を展開した。

安倍総理としては、「女性重視」の政治姿勢をアピールする思惑があったのかもしれない。しかし、この「異次元の主張」は、安倍総理の女性政策が、「野田前総理と同じ次元」であるということと同時に、総理の経済音痴ぶりを露呈するものでもあった。

女性の社会進出問題について、「しばしば、社会政策の文脈で語られがちです」と、「社会政策」と「経済政策」を区別して論じることに疑問を呈し、一体で論じるべきだという主張をした安倍総理。しかし、女性の社会進出問題を「経済政策」として論じようとするところに、安倍総理の経済音痴ぶりが表れている。

安倍政権が「経済政策」において最優先に掲げている課題は「デフレ経済からの脱却」である。このデフレ経済とは、経済学的に言うと、実際の成長率が「潜在成長率」を下回り続けることによって生じる経済現象である。この「潜在成長率」とは、簡単に言うと「資本」「労働」「技術革新」の要素から算出される「インフレを生じずに達成出来る理論成長率」のことである。

日本が抱える構造問題の一つは、高齢化による「労働力人口」の減少により、「潜在成長率」が低下して来ていることである。従って、「潜在成長力の低下」という構造問題を解決するためには、「労働力人口」を増加させなければならないということになる。そのための一つの手段が「女性の活用」ということである。

しかし、実際の成長率が「潜在成長率」を下回る状況にあるデフレ経済下で、「労働力人口の増加」によって「潜在成長力」を高めてしまうと、実際の成長率と「潜在成長率」の間の格差がさらに拡大することになるので、デフレの圧力を高める結果になる。ようするに、「デフレ経済からの脱却」を掲げる安倍政権が、女性の社会進出による「労働力人口増加」を目指すというのは、完全な政策的矛盾である。

「優秀な人材には、どんどん活躍してもらう社会をつくる。そのことが、社会全体の生産性を押し上げます」

安倍総理は女性を「成長戦略の中核」に据えることの目的、必要性についてこのように説明している。しかし、こうした理屈も屁理屈の域を出ない。

「社会全体の生産性」とは、一般的に産出量である「GDP」を、投入した「就業者数」で割ることによって求められるもの。従って、「社会全体の生産性」を押し上げるためには、産出量としての「GDP」を増やすか、投入量としての「就業者総数」を減らすかのどちらかが必要になる。

もし、産出量としての「GDP」が変わらないとしたら、優秀な女性であれ男性であれ、投入量としての「就業者総数」が増加すれば、「社会全体の生産性」は低下することになる。「優秀な人材にはどんどん活躍してもらう社会」で「社会全体の生産性」を押し上げようとしたら、投入された「優秀な人材」と同じか、それを上回るだけ「(男女を問わず)優秀ではない人材」に退場して貰うことが必要になるといこと。

ようするに、「女性の社会進出問題」を、「経済政策」として捉えて議論をしてしまうと、矛盾だらけの議論になってしまうのである。この問題は、「経済政策」とは切り離して議論すべき問題である。

日本の抱える構造問題の一つは、「潜在成長率の低下」である。この解決策の一つの要素が「労働力人口の低下」を防止して行くことである。「労働力人口の低下」を防ぐ有力な政策は、短期的には「女性労働力の活用」であり、長期的には「出生率の向上」である。

1980年代のように、日本が成長を続けている局面では、「潜在成長率」を維持するために、「女性の労働力活用」が優先順位の高い問題であった。しかし、成熟社会を迎え、デフレ経済に転じた今日では、「女性の労働力活用」だけでなく、「出生率向上」に向けた「女性の活用」の重要性が増して来ている。「労働力人口問題」解決においては、男女ともに等しく貢献することが可能だが、「出生率向上」の問題は、女性の貢献なしには解決出来ないものである。これは男女の「差別」ではなく、「区別」の問題。

こうした時代の変化にも関わらず、時の政権の「女性政策」は、「女性の社会進出」ばかりに力点を置いて来ている。社会で働くことを希望する女性が、その機会を男性と同等に得られること、子育てによってその機会を放棄する必要に迫られることのないような制度を設けて行くのは、当然のことである。

一方、「経済的に許されるなら子育てに専念したい」と考えている女性に、希望さえすればそれを実現出来るような社会の構築に、どれだけ政治は答えようとして来たのだろうか。専業主婦に対する年金保険料問題や、雇用の流動化など、「経済的に許されるなら子育てに専念したい」、と考えている女性が夢を実現するための道はどんどん狭められる方向にある。

潜在成長率の低下、社会保障制度の崩壊…。日本社会は、「専業主婦=内助の功」という、「家庭」を単位とした近視眼的な見方をするのではなく、「経済的に許されるなら子育てに専念したい」と考えている女性は、日本の長期的な「潜在成長率」向上に「内助の功」を発揮している、という「国」単位での見方も必要な局面に来ている。

「経済的に許されるなら子育てに専念したい」と考えている女性を、希望しない「社会進出」に駆り立てるのは、「学徒動員」のようなものである。

「女性の活躍は、しばしば、社会政策の文脈で語られがちです」という安倍総理の発言は、参院選挙を控え、女性票を意識したものなのだろう。しかし、女性問題を「経済政策」に結び付けてしまうと、理論矛盾が生じてしまう。女性問題は「社会政策の文脈」の中で語られるべき問題である。

そして、「社会政策の文脈」のなかでは、「社会進出を希望する女性」に目を向けた議論と同様に、「経済的に許されるなら子育てに専念したい」と考えている女性達にも目を向けた議論も求められるようになっている。「経済的に許されるなら子育てに専念したい」と考えている女性は、日本が抱える「潜在成長率の低下」という構造問題を解決する鍵を握っている層でもあるからである。

「社会進出を目指す女性」中心の「社会政策」から、「経済的に許されるなら子育てに専念したい」と考えている女性にも目を向けた「社会政策」へ。デフレ脱却に向け、「経済政策」にレジームチェンジを求めた安倍政権。女性問題という「社会政策」において、自らレジームチェンジが出来るだろうか。

【参考】 詭弁に満ちた少子化対策~「専業主婦になりたい女性」を軽視する政策
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