政府・日銀と国民の間で深刻になる「物価上昇」に対する「意識のねじれ」

「米インフレ率は依然低水準で、失業率は雇用情勢を誇張している可能性があるため、当面は金融緩和策を継続する」(ロイター)

バーナンキFRB議長は、10日マサチューセッツ州ケンブリッジで行った講演でこのように述べた。先週末に発表された、予想以上に好調だった雇用統計発表後のこの発言は、「物価」と「雇用」の両面での責務を負っているFRBが、足許ではデフレリスクのある「物価」動向により神経を使っていることを示したもの。

3回に渡る大規模な金融緩和を繰り返して来たFRBは、個人消費価格指数(PCE)が2011年9月の前年同月比2.9%をピークに、2013年5月に1.0%まで下落して来ていることに頭を悩ましている。それは、その期間にFRBはマネタリーベースを2,639億ドルから3,110億ドルまで、約471億ドル(5兆円弱)、率にして約18%増やして来ているなかでの物価の下落だからである。

米国PCE
大規模な資金供給をし、雇用情勢が改善する中でなかなか上向かない物価。かつて、「デフレ克服のためにはヘリコプターからお札をばらまけばよい」と発言し、「ヘリコプター・ベン」という異名を持つバーナンキ議長は、かつて自分が唱えた政策の効果の薄さに頭を悩ましているはずであある。

バーナンキFRB議長の発言を、金融市場は「QE3規模縮小先送り」と受け取り、為替市場は円高・ドル安に反応した。しかし、FRBが単純に「QE3規模縮小先送り」という政策判断をするかは定かではない。

問題は、物価が上向かない中で、住宅価格が上昇していること。6月25日に発表された、全米20都市を対象にした4月のS&P/ケース・シラー住宅価格指数は前年同月比で12.1%の上昇と、2006年3月以来で最大の上昇率を記録している。

先月20日の記者会見で、バーナンキFRB議長が不動産価格の上昇に強い懸念を示したことを考えれば、「物・サービスの価格」が上向かない中で不動産価格の上昇ピッチが上がっている状況を放置するとは考えにくい。考えられるのは、「QE3規模縮小先送り」と同時に、「量的緩和」よりも「信用緩和」の意味合いが強い、月400億ドル規模MBS(住宅ローン担保証券)の買入れを止め、買入れ対象を国債に変更することなどである。

「景気については『緩やかに回復しつつある』との判断を示し、前月の『持ち直している』から前進させた。景気判断を引き上げるのは7カ月連続。景気判断に『回復』という表現を使うのは2011年1月以来、2年半ぶり。先行きについては『緩やかに回復していく』との見方を示した」

デフレ陥落阻止を目指すFRBとは逆に、デフレ脱却を目指す日本では、10~11日に開かれた日銀金融政策決定会合で、「異次元の金融緩和」の継続を全員一致で決定するとともに、景気判断を上方修正し、「2015年度までの経済・物価見通しは『おおむね見通しに沿って推移する』」とした。

著名な経済学者であった元祖「ヘリコプター・ベン」が物価動向に頭を悩ましているのに対して、元財務官僚である「ヘリコプター・黒トン」は、「おおむね見通しに沿って推移する」と、「異次元の金融緩和」によるデフレ脱却に自信を持ち、何の悩みも抱えていないようだ。デフレ脱却の兆しが、「電気代」を中心とした国民を苦しめる歪なものであることなど、全く意に介していないようである。

それもそのはずで、今年1月22日、早川前日銀総裁時代に安倍政権と日銀の間で締結された「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携」では、日銀の責務は「2%の物価上昇」と定められ、FRBのように「雇用」は含まれなかった。さらに、この協定では「物価安定の目標に照らした物価の現状と今後の見通し、雇用情勢を含む経済・財政状況、経済構造改革の取組状況などについて、定期的に検証を行う」のは「経済財政諮問会議」と明記されており、極論すれば日銀には「検証」すら責任を負わずに済むような格好になっている。

「雇用と物価」、「物・サービスの価格と不動産価格」のバランスをとるのに頭を悩ましている「ヘリコプター・ベン」の目には、「電気代上昇による歪な物価上昇」になろうが、「2%の物価安定目標」の達成を目指してひたすら「異次元の金融緩和」を続ければいい、悩みようがない立場の「ヘリコプター・黒トン」は、羨ましい存在に映っているかもしれない。

「内閣府が10日発表した6月の消費動向調査によると、消費者心理を示す一般世帯の消費者態度指数(季節調整値)は前月比1.4ポイント低下の44.3だった。悪化は6カ月ぶり。5月下旬以降の株価や為替相場の乱高下が改善が続いてきた消費者心理に水を差した」

安倍総理や「ヘリコプター・黒トン」が「電気代上昇による歪な物価上昇」による「デフレ脱却=景気回復」に自信を深める中、先日発表された「街角景気」に続いて、消費者態度指数も悪化し、国民の景況感は頭打ちになって来ていることが、徐々に明らかになって来ている。

日本経済新聞では、「5月下旬以降の株価や為替相場の乱高下が改善が続いてきた消費者心理に水を差した」と解説を加えているが、「株価や為替相場の乱高下」が「消費者心理」にそんなに即座に影響するのだろうか。

因みに、日経平均株価のボラティリティー(21営業日ベース)は、6月19日の51.2%をピークに、7月10日には35.6%まで低下している。また、ドル円のボラティリティー(同)も6月25日の20.9%から10日時点では17.4%に、国債のボラティリティー(日興債券Performance Index「国債」: 21営業日ベース)は5月7日の5.94%をピークに10日には2.22%まで低下し来ている。

日経平均株価及び主要国株価のボラティリティーの推移は、近藤駿介 Official Site 「参考資料室」に掲載しておりますので、参考にして下さい。

安倍政権の経済運営を担う優秀な機長の言葉を借りれば、ボラティリティーという観点からは、金融市場は「乱気流」から抜け出しつつある。「株価や為替相場の乱高下」が「消費者心理」に即座に反応するのであれば、7月の「街角景気」や「消費者態度指数」はかなり改善しているはずである。

消費者態度指数に関して注目すべきは、「1年後の物価見通しについては『上昇する』と答えた割合(原数値)が0.8ポイント上昇の83.9%と、6カ月連続で増えた。電気料金の引き上げや食料品の値上げ報道を背景に2008年10月(84.4%)以来、4年8カ月ぶりの高水準だった」こと。

安倍総理や「ヘリコプター・黒トン」は、「物価上昇期待が景気を回復させる」と主張しているが、この調査では、「電気料金や食料品の値上げ」が景況感を悪化させるという正反対の結果が示されている。7月の食料品一斉値上げと、既に8月まで決まっている電気料金の値上げによる消費者心理の悪化を、金融市場のボラティリティーの低下で補えると考えているのだろうか。

安倍総理は、今度の参議院選挙において、「ねじれ解消」による政治の安定を訴えている。しかし、参議院での「ねじれ」が解消されれば、政府・日銀と国民の間にある物価に対する「意識のねじれ」はより深刻なものになる運命にある。米国ではバーナンキFRB議長が頭を悩ましているが、日本で頭を抱えて悩んでいるのは国民である。

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コメント

金融緩和と公共投資を組み合さないと、供給過剰のマネーは有効活用できず、本当の意味でのデフレ解消にはつながらないですね。

ドクター国松様
コメントありがとうございます。日本は実体経済においても、金融においても供給サイドばかりに目が向き過ぎだと思います。高度成長期の供給不足経済に対するノスタルジーでしょうか。
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近藤駿介

プロフィール

Author:近藤駿介
ブログをご覧いただきありがとうございます。
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動して来ました。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚をお伝えしていきたいと思います。

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