「物価に多感な中学生」に教えるべきこと~日銀の唱える「良い物価上昇」は「夢物語」である

「『えっ』。兵庫県姫路市の中学3年生、桜井愛さん(15、仮名)は最近、地元のケーキ屋で驚いた。お父さんの誕生日祝いに買おうとしたショートケーキが10円値上がりし1個150円になっている。『バターの値段があがっているから』。家族はこう説明してくれたが、釈然としない」

7月14日付日本経済新聞は、1面を飾る「物価考~脱デフレ 生みの苦しみ 15歳が感じる転機」という特集記事のなかに、「ショートケーキが10円値上がりし1個150円になっている」ことに驚く「物価に多感な中学3年生」の女の子を登場させている。

このわざとらしい記事の中では、「無理もない。愛さんが生まれた1998年、消費者物価指数は本格的な下落局面に入った」という解説が添えられている。確かに日本の消費者物価指数は、消費税が3%から5%に引上げられた1997年以降、2008年に世界的資源インフレの影響で一時的に「2%の物価安定目標」を上回ったのを除くと、殆ど前年同月比マイナス圏で推移して来ている。

「物価に多感な中学生」は、「ショートケーキの10円値上がり」に驚いたようだが、それでも5月の消費者物価総合は前年同月比±0%、生鮮食料品を除いた総合は前年同月比▲0.3%である。

この子のような「物価に多感な中学生」が、自分の家の「電気代」を見たら、さぞかし驚愕するはずである。消費者物価指数の「電気代」は、5月時点で前年同月比8.7%上昇し、震災前の2011年2月からの上昇率は16.8%に及んでいる。「電気代」の1年間の上昇率は、「ショートケーキの10円の値上がり」である7.14%を大幅に上回っており、2年間での値上がり率はショートケーキのそれの2倍以上になっているのだから。

さらに、こうした「物価に多感な中学生」は、家計の収入を知ったら卒倒してしまうかもしれない。国税局のデータによると、給与所得者の平均給与は、1998年の418万5000円をピークに、2009年の350万2000円まで11年間も減り続けている。その後少し持ち直して、2011年には358万3000円となっているが、1998年のピーク時と比べると金額的に60万2000円、率にして14.4%も減少している。「お父さんの誕生日祝いに買おうとしたショートケーキが10円値上がりし1個150円になっていた」ことに驚く「物価に多感な中学生」は、世の中のお父さんの給与が14.4%も減っているという現実を、どのように受け止めるのだろうか。

この記事は、ケインズの「この世で難しいのは、新しい考えを受け入れることではなく、精神の隅々にまで根を張った古い考えを忘れることだ」という言葉を引用し、「デフレマインド」を「古い考え」であるかのように扱っている。しかし、「デフレマインド」を払拭する唯一の手段は「収入増」であり、「収入増」を伴わない「物価上昇」が生むのは、「物価上昇期待」ではなく「物価上昇恐怖」でしかない。

「物価の上昇とともに消費や投資が活発になり賃金もあがる。誰しもがこんな良いインフレを願う。モノの値段があがるのはその出発点だが、胸突き八丁はこれからだ」

この記事は、「物価の上昇とともに消費や投資が活発になり賃金もあがる」ということを「良いインフレ」と称しているが、これは、「空想の社会にしか存在しないインフレ」である。賃金上昇に結びつく当てがない中、物価上昇に備えて蓄えることの出来ないショートケーキや電気代の上昇が、消費や投資を活発にすることなど、現実の社会ではあり得ない。

「モノとお金の交換比率を指す物価。お札を刷ってお金の価値を下げればモノの価格はあがるはず。いや、物価の急上昇で暮らし向きはかえって悪くなる。世界の経済学は100年以上にわたりこんな論争を繰り返してきた」

「脱デフレ 生みの苦しみ」と並んで1面で掲載されている「世界が見守る日本の実験」という記事のなかでは、このように記されている。「お札を刷ってお金の価値を下げればモノの価格はあがるはず」という考え方は、有力なものである。しかし、この論争は、「刷ったお金が民間で流通する」ことを前提としたものである。現在の日本の問題は、拙著「『大胆な金融緩和』を錆びつかせる 誤射続きの『異次元の金融緩和』」でも指摘したが、「刷ったお金が『金融システム内』に滞留して民間に流通していない」ことであり、この論争に加わるためには、「刷ったお金を民間に流す」政策的仕組みが不可欠な状況にある。

「刷ったお金が民間に流れない」今の日本の経済状況を放置すれば、「お札を刷ってお金の価値を下げればモノの価格はあがる」ことは期待薄であり、「物価の急上昇で暮らし向きはかえって悪くなる」だけで終わってしまう可能性が高い。

「人口が減り始めて8年目。構造転換を迫られる日本経済に愛さんのつぶやきが重い。『物の値段があがるなら、私のお小遣いもあがるのかな』」

「脱デフレ 生みの苦しみ」という記事は、「物価に多感な中学生」のこうした、わざとらしいつぶやきで締め括られている。このような「多感な中学生」に対して必要ことは、「ショートケーキが値上がりするとしたら、その前に余計に食べますか」「来月も電気代が上がることが決まっていますが、それまでに一杯電気を使っておきますか」という当たり前の質問を投げ掛け、ショートケーキや電気代などの「物価の上昇とともに消費や投資が活発になり賃金もあがる」という「良い物価上昇」は、一部の人間が国民を欺くために創作した「夢物語」に過ぎないことを正しく教えてあげることである。

「お金の量を2倍に増やす異次元の金融緩和。黒田東彦日銀総裁は11日、日本経済は『前向きの循環メカニズムが働いている』と語り、強気の景気回復宣言に踏み込んだ。だが、世界が見守る日本の実験が後世の歴史書にどう刻まれるかはまだ誰にもわからない」

「賃金上昇」を伴わない「物価上昇」によって景気を回復させるという、論理的にあり得ない「良い物価上昇」を目指し「異次元の金融緩和」を続ける黒田日銀総裁。彼が、世界の殆どの人があり得ないと考えている「世界が見守る日本の実験」を無謀にも実践し、失敗に終わった人物として歴史書にその名を刻むまで、2年程度であることは、ほぼ間違いない。

現時点で「異次元の金融緩和」がもたらしているのは、「脱デフレ 生みの苦しみ」ではなく、「脱デフレ 生活の苦しみ」でしかない。黒田日銀総裁が歴史書にその汚名を刻む前に、「インフレターゲット」の是非をもう一度検証するべきである。脱デフレを達成するための金融政策の目標として、もっと適切なものがあるはずである。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

近藤駿介

プロフィール

Author:近藤駿介
ブログをご覧いただきありがとうございます。
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動して来ました。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚をお伝えしていきたいと思います。

近藤駿介 実践!マーケット・エコノミー道場

入会キャンペーン 実施中!

メルマガのお知らせ

著書

アラフォー独身崖っぷちOL投資について勉強する

Anotherstage LLC

金融に関する知見を通して皆様の新しいステージ作りを応援

FC2ブログランキング

クリックをお願いします。

FC2カウンター

近藤駿介 facebook

Recommend

お子様から大人まで
町田市成瀬駅徒歩6分のピアノ教室

全記事表示リンク

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

QRコード

QR