投資後進国ならではの「投信の監督強化」 ~「長期投資」は目的ではありません

「金融庁は銀行や証券会社に投資信託の商品構成や販売体制の見直しを求める。27日から適用する新たな監督指針で、手数料を稼ぐために別の投信への乗り換えを勧める回転売買や過剰な分配金を出す商品は『(市場発展には)なじまない』と明記。同指針に基づき、金融機関の商品・販売体制を点検する。長期保有を軸とする健全な投資信託市場の拡大につなげる狙い」(27日付日本経済新聞「投信の監督強化」)

27日付の日本経済新聞で、金融庁がNISA(少額投資非課税制度)に対応する監督体制の見直しを打ち出すことが報じられています。報道によると、見直しの対象となっているのは「別の投信への乗り換えを勧める回転売買」と「過剰な分配金を出す商品」で、「(市場発展には)なじまない」と明記するようです。

一見適切な対応のように思えるかもしれませんが、如何にも投資後進国の監督指針だな、といった印象です。この数行の記事の中にも、指摘したいことは幾つもありますが、長くなってしまいますので、今回は「長期保有」に絞ってお話ししたいと思います。

金融庁は、「長期保有を軸とする健全な投資信託市場」を目指す意向のようですが、「長期保有」が「健全な投資信託市場」形成に繋がるのかという根拠について、なぜ金融庁も日本経済新聞も一切コメントしないのでしょうか。「長期保有」をはじめ、尤もらしいスローガンを、何の検証もせずに掲げ、報じてしまうところに、日本が投資後進国から脱却できない最大の原因があるとも言えるのです。

この記事には「日本の投資信託は高コストで短期売買に傾きがち」という題の、日米の投資信託比較表が付けられています。その中で、日米の「投資信託の平均保有期間」の比較があり、「日本2.2年」、「米国3.5年」と、米国の方が1.3年も平均保有期間が長いことが示されています。こうした事実をもとに、記事のなかでは「日本では毎月数十本の新しい投信が登場し、短期間で資金が移り変わる。投信の平均保有年数は2年強と短い」という解説が加えられているのです。

平均保有年数2年強は短期間で、米国の平均保有年数3.5年が「長期保有」で「健全な投資信託市場」であるかのような指摘には、正直、首を傾げずにはいられません。

米国の株式市場は、日本のように20年以上の長期間にわたる下落と低迷を経験したことの無い市場です。例えば、MSCI USA Index の月次データに基づいて1987年7月以降の米国株式市場の保有期間リターンを計算してみますと、米国の平均保有期間である3.5年(42Months)では、プラスの収益が得られる確率は75.2%、単純平均収益率は35.9%となります。また、日本の平均保有期間である2.2年(26Months)でプラスの収益が得られる確率は79.3%、単純平均収益率は20.0%になります。つまり、保有期間が3.5年でも2.2年でも、米国株式投資では、75%以上の確率でプラスのリターンが得られたという実績が出ているのです。さらに、保有期間3.5年の単純収益率が保有期間2.2年の単純収益率を上回る確率は75.8%であるうえ、平均単純収益率も15.8%上回っている状況にあるのです(詳しくはこちらのチャートをご覧ください)。

日経平均株価を利用して日本の株式市場について同様の計算をしてみますと、米国の平均保有期間である3.5年でプラスの収益が得られる確率は38.2%、単純平均収益率は6.8%という結果になります。また、日本の平均保有期間である2.2年でプラスの収益が得られる確率は45.2%、単純平均収益率は2.1%になります。つまり、日本の株式市場は、プラスのリターンを得られる確率も、単純平均収益率も米国の半分程度という状況にあるということです。

さらに、バブルが崩壊した1990年1月以降に限定してみると、保有期間3.5年でプラスの収益が得られる確率は31.7%、単純平均収益率は▲7.1%であり、保有期間2.2年でプラスの収益が得られる確率は39.4%、単純平均収益率は▲5.0%と、確率も平均収益率もかなり悪化している状況が浮かび上がって来ます。さらに保有期間3.5年の単純収益が保有期間2.2年のそれを上回る確率は46.1%と半分以下ですし、その単純平均は▲2.1%となります(詳しくはこちらのチャートをご覧ください)。

要するに、特にバブル崩壊後の日本の株式市場では、「長期保有」をするとプラスの収益を得られる確率も得られる収益も下がってしまっているのです。ですから、意図した結果か否かは別として、平均投資期間が米国に比べて短いのは、合理的な判断だともいえるのです。

日米両国でこうした差が生じて来るのは、両国の株式市場のリスクが異なるからです。リスクの代表的な指標であるボラティリティーを比較すると、米国株式市場が14%前後なのに対して、日本の株式市場では20%強となっており、日本の株式市場は米国株式市場より約1.5倍リスクが高い市場だと言える状況にあるのです。

リスク量が1.5倍も違う株式市場において、投資家の投資期間を含めた投資戦略、投資戦術が異なって来るのは、むしろ当然のことではないでしょうか。

重要なことは、「長期投資は目的ではない」ということです。目指すべきところは、投資家が自分の求める収益を、それに相応しいリスクで獲得することだと思います。「健全な投資信託市場の拡大」を目指すための第一歩は、「リスクが違えば、投資戦略も戦術も変化して当然である」という当たり前の発想に立ち返ることにあるように思います。

例えば、10%の投資収益を求めて日本株に投資した投資家が、投資した翌日に株価が急騰して10%のリターンが得られる状況になったとしたら、即座に売却して必要な投資収益を確定することは、当然の投資行動になるのです。投資リスクというのは、通常期間の長い債券の利回りが高くなることからも明らかなように、期間が長い方がリスクは高くなります。したがって、「長期投資」などというお題目にこだわったり、「もっと儲けられるのではないか」と欲の皮を厚くしたりして、投資目的を達成したにも拘わらず投資期間を延ばしてしまうことは、自ら投資リスクを高めることになるのです。「リターンの最大化」ばかりに目を奪われるのではなく、「リスクの最適化、適正化」にも目を向ける必要があるのです。

日米の株式市場の違いを考えると、日本の投資信託の平均保有期間が2.2年と、米国の平均保有期間3.5年より短くなっているのは、リスク管理上ごく当然の結果であるといえるのです。

批判を恐れずに言えば、筆者は、日本の年金の多くが目的を達成する前に制度として破綻してしまったのは、「長期保有」などという合理的根拠のないスローガンの下で、単純に日本株や外貨資産を持ち続け、制度を維持するのに必要な資産を維持出来なかった結果である考えています。

一般投資家に勘違いして頂きたくないのは、金融庁が「長期保有を軸とする健全な投資信託市場の拡大」を目指すのは、「長期投資」が「健全な投資」であるからではないということです。今回の監督指針は、「投資家保護の観点から、外務員には金融商品に関する専門知識や法令諸規則を遵守し、公正かつ健全な取引をすることが求められています」(日本証券業協会HPより)という日証協の方針に反して、「手数料を稼ぐために別の投信への乗り換えを勧める回転売買」という「健全ではない営業手法」が蔓延している現状を打破して行く必要があるからだと捉えるべきだと思います。

残念ながら、日証協の掲げる「法令諸規則を遵守し、公正かつ健全な取引をする」外務員ばかりではありませんし、「金融商品に関する専門知識」を有している外務員は殆どいないというのが実態です。外務員は「販売のプロ」であって、「運用や金融商品に関する専門家」ではないのです(この辺りの実情については拙著「何故日本の投資家はかくも簡単に騙されるのか」で紹介しておりますので参考にして下さい)。

一方、金融庁にも、「健全な投資信託市場の拡大」を目指すために必要な「金融商品に関する専門知識」が備わっていないことは、AIJ投資顧問やMRIインターナショナルの投資詐欺事件も見抜けなかったことからも明らかです。

こうした中で投資家に求められるのは、何の理論的根拠も示されない「スローガン」をむやみに信じないということです。

「健全な投資信託市場の拡大」を目指すために、外務員には「法令諸規則を遵守し、公正かつ健全な取引」から逸脱する行為が「健全な投資信託市場の拡大」の妨げになっていることを自覚して頂くとともに、金融庁には、何の理論的根拠もない「長期保有を軸とする健全な投資信託市場」という念仏を唱えるのではなく、「法令諸規則を遵守し、公正かつ健全な取引」から逸脱する行為の排除のみに注力して頂きたいと強く思います。「長期保有」は目的ではないのですから。
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近藤駿介

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Author:近藤駿介
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ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動して来ました。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚をお伝えしていきたいと思います。

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