しっかりとした論理構成が浮き上がらせた「我田引水」の前提と、消費増税推進派にとっての「コントロール出来ないリスク」

「予定通りに実施した場合のリスクと、予定通り実施しなかった場合のリスク。これがどういうものなのかを見極めて、とっていいリスクなのか、コントロール出来るリスクなのか、そこを考えるというのが基本だと思います」

6日早朝にテレビ東京で放映された「モーニングサテライト」の「金融トーク」で、五味廣文元金融庁長官は、消費増税を予定通りに実施するかの判断基準について、このように発言をされていました。「とっていいリスクなのか、コントロール出来るリスクなのか」という視点は、投資の基本であり、さすがは元金融庁長官だと感心して聞いておりました。

テレビ東京「モーニングサテライト」 金曜トーク
消費税増税時期とその後の展望」 元金融庁長官・五味廣文氏(8分12秒)

しかし、そこから先のお話しは、やはり消費増税予定通り実施ありきの「我田引水」が多く、とても残念なものでした。

元長官は、「消費増税を予定通り実施した場合のリスク」を「コントロール出来るリスク」、「消費増税先送りなど予定通り実施しなかった場合のリスク」を「コントロール出来ないリスク」と分類し、「コントロール出来ないリスク」、すなわち「消費増税先送りなど予定通り実施しなかった場合のリスク」はとるべきではないという論理を展開されておりました。こうした論理構成はとても合理的なものでしたが、論理構成の前提となる部分では、かなり「我田引水」になっているような印象を拭えませんでした。

元長官が「消費増税を予定通りに実施した場合のリスク」を「コントロール出来るリスク」だと分類されたのは、「増税で経済が下押しされるのは想定されている話である」ことに加え、「どういう対策をとればいいかという前例は一杯ある」という理由からでした。

つまり、予め「経済が下押しされる」ことが想定出来ているリスクであり、こうしたリスクに対しては、現金給付や法人税減税、公共投資など、消費増税後の景気の「谷を浅くする」対策で対応が出来る、従って、「消費増税を予定通りに実施した場合のリスク」は「コントロール出来るリスク」であり、「とっていいリスク」であるという論法でした。

一方、「消費増税先送りなど予定通り実施しなかった場合のリスク」として「マーケットの混乱」を挙げておられました。現在のマーケットは「財政再建をちゃんとやる、そしてその能力がある」こと、「財政再建と成長戦略が、日本政府あるいは財政に対する信認」を織り込んでいるので、消費増税を予定通り実施しないと、本当に財政再建をするのかという疑問が生まれ、「予見性」が失われることでマーケットは混乱するというロジックでした。

全体として五味元長官の話しは、とても論理構成がしっかりしており、論理構成のパーツに使われている前提条件までもが全て正しいような錯覚を抱かせるようなものでした。しかし、五味元長官が論理構成のパーツとして使用しているパーツは、幾つかの矛盾を抱えています。

個人的には、アベノミクスの恩恵が多くの国民に行き渡っていない今の段階で、「景気下押し」が想定されている消費増税を「とっていいリスク」とすることには抵抗を感じています。それはともかくも、「どういう対策をとればいいかという前例は一杯ある」から、このリスクは「コントロール可能なリスク」であるとする判断は如何なものかと思います。

五味元長官が「前例は一杯ある」として挙げられた政策のほとんどは、この「失われた20年」の間では一時的なカンフル剤以上の効果は上げて来ませんでしたし、それによって財政赤字が膨らんだとも言えるものばかりです。成果を上げて来た政策が「一杯ある」のであれば説得力があるのかもしれませんが、成果を上げて来た政策がほとんどない事実を鑑みると、「増税で経済が下押しされるリスク」を「コントロール出来るリスク」というのは、非現実的な分類のように思えてなりません。過去の実績に基づけば、「増税による経済下押し」は、「予見可能のリスク」であると同時に、「修復不能のリスク」でもあるのです。「予見可能だが、修復は不可能なリスク」が「とるべきリスク」であるという主張には納得することはできません。

また、「今のマーケットは日本政府と財政再建に対する信認が織り込まれている」というのもかなり疑わしいと感じています。

政府が8月8日の閣議に提出した「中長期の経済財政に関する試算」では、「消費税率は14年4月に8%、15年10月に10%に上がり、消費者物価上昇率は消費増税の影響を除いて2%前後で推移することを前提」(日本経済新聞)としても、「名目3%台半ばの高い成長率が続くシナリオでも2020年度の国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の赤字は名目国内総生産(GDP)比で2.0%、実額で12.4兆円の赤字となる」(同)ことが記されています。

つまり、消費増税を予定通り実施し、さらに増税による「経済の下押し」も乗り越えて、日本経済が足下(2013年4-6月期の名目GDP年率2.9%)よりも高い「名目3%台半ばの高い成長率が続く」という非現実的なシナリオでも、財政再建目標が達成できないことが周知の事実となっているなかで、「今のマーケットは日本政府と財政再建に対する信認が織り込まれている」という見方は、とても論理的だとは思えないものです。

ここ数カ月のマーケットは、米国の金融緩和(QE3)縮小観測を背景に、米国の10年国債の利回りが3%に迫り、ドイツの10年債利回りも2%台に乗せるなど、世界的に長期金利が上昇傾向を示して来ています。こうした中で日本の10年国債利回りは、依然として安倍政権が誕生した時とほぼ同じ0.7%台で推移しています。つまり、長期金利の動きからは、マーケットは「日本政府と財政再建に対する信認が織り込まれている」というよりも、「消費増税による財政再建は困難で、景気下押し圧力だけが加わる」ことを織り込みつつあるといえる状況にあるのです。

五味元長官が「マーケットの混乱」として具体的に挙げていたのは、「金利の急騰」「国債の格下」「日本国債CDS」の3つでした。

しかし、もしマーケットが「2%の物価安定目標」というアベノミクスが掲げる目標が達成されると信じているならば、7月の消費者物価が「生鮮食品を除く総合」で前年同月比プラス0.7%と2ヶ月連続でプラスを記録してきた中で、名目金利が0.7%台(実質金利≒0%)に留まり続けるでしょうか。マーケットは「財政再建が先送りされるリスク」よりも「景気が回復しないリスク」を強く織り込んでいるような動きになっており、「金利の急騰」よりも「景気が回復しないリスク」を優先して考える局面にあるように思います。

「国債の格下」や「日本国債CDS」などは、消費増税推進派が常にあげるリスクですが、外国人投資家による日本の長期国債保有額が約35兆円(3月末時点、日銀資金循環勘定)に過ぎないうえ、日本が海外から資金調達をしていない現状では、「当面考慮する必要のないリスク」でしかありません(詳しくは拙著「これでも消費増税やりますか?~予断を持って議論することなかれ~」をご覧ください)。

「日銀の黒田東彦総裁は5日の金融政策決定会合後に記者会見し、日本経済に『前向きな循環メカニズムが働いてきている』と語った。企業が投資を増やしたり、家計の所得が改善したりする兆しがあるとの認識を表明。景気回復の強さを踏まえ、来年4月に消費税率を引き上げても『(景気が)腰折れするとは思っていない』と述べ、脱デフレと増税は両立できると強調した」(6日付日本経済新聞「日銀、強気の景気判断」)

景気判断を2ヶ月ぶりに上方修正した日銀の黒田総裁は、日本経済に「前向きな循環メカニズムが働いて来ている」と語ったうえで、消費増税を予定通り実施しても「(景気が)腰折れすることはない」、「前向きな循環は維持される」という見解を示し、景気回復に強い自信を見せました。

これに対して五味元長官は、朝の番組の中で次のように発言しています。

「だって、来年に延ばすと言ったって、来年今より景気がもっと良くなってなかったらやっぱりやらないんでしょ」

この発言は、黒田日銀総裁の強気発言とは対照的に、内心「来年今より景気がもっとよくなっていない」可能性を感じていることを吐露したものではないでしょうか。もし黒田日銀総裁の発言通り「前向きな循環メカニズム」が働いて来ていて、今後もそれが維持されるのであれば、「来年今より景気がよくなっている」はずです。もし、そうでなかったとしたら、「前向きな循環メカニズム」が働いているという判断が間違っているということになります。

一方では「前向きな循環メカニズムが働いている」ことを強調することで予定通りに消費増税を実施すべしと主張し、一方では「前向きな循環メカニズムが働いている」という判断が誤りであったことが近い将来露呈する「消費増税推進派のリスク」を考えて、「(消費増税実施の)決断をいつやるの?今でしょ」(8月31日、公明党山口代表 秋田県大館市講演)と決断を迫るところに、「前向きな循環メカニズム」という呪文が効いているうちに決着をつけてしまおうという焦りが表れているのかもしれません。それは、消費増税推進派が、足下の景気状況が一番いい可能性が高いと考えていることの表れでもあります。

五味元長官のお話しは、全体の論理構成はとてもしっかりしたものでした。しかし、その前提となる個々のパーツは多くの「我田引水」で構築されており、かえって消費増税推進派にとって「消費増税を先送りするリスク」が、「コントロール出来ないリスク」であることを浮き彫りにするものにもなりました。


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コメント

黒田日銀総裁は「仮に景気に大きな悪影響が出てくる場合には、適切な対応をとる」と言明。消費税率の引き上げで想定以上に景気が落ち込む可能性が強まれば、追加緩和などを検討する方針を示した。
しかし、デフレ解消が安倍ノミクスの目的のはず。増税というデフレ政策をとり、景気が下振れした場合はデフレが解消されないことになります。20年以上続くデフレに苦しんでいる日本経済です。今、デフレ解消のチャンスがきているのに、今回もデフレに逆戻りになった場合には、簡単な対応策は当面無理でしょう、何故なら、今までの日銀、政府も対策を講じてきているが解消できなかったという現実が物語っているからです。黒田総裁は、やはり財務省の代弁者でしかないのでしょう。こういう状態の中で、仮に安倍総裁が消費税増税延期を決断した場合には、市場は大きなサプライズと見ることでしょう。業績相場の始まりになるかも知れませんね?

Re: タイトルなし

自然様  この度はコメントをお寄せ頂きありがとうございます。ご指摘の通り、デフレ脱却を目指す政策当局が、デフレ政策を採るという矛盾は納得し難いものだと思います。小職も安倍総理が消費増税延期を決断した際の市場のサプライズを見てみたいと思っております。今後とも宜しくお願い致します。
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ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動して来ました。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚をお伝えしていきたいと思います。

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