金融ニッポン 飛躍の条件~「彼我の差はあまりに大きい」と嘆く「有識者」を重用することなかれ

「8月23日夕刻、カナダの有力年金基金のオンタリオ州公務員年金基金の幹部が霞が関を訪れた。日本の公的年金の改革を議論する有識者会議に招かれ、資金運用の実態を説明した。6兆円の運用を担当する専門家は約300人。株式や国債だけでなく、空港や発電所といったインフラ、未公開株にも投資する。運用担当者の報酬は成績次第……。説明を聞いた委員は『彼我の差はあまりに大きい』とため息をついた」(24日付日本経済新聞「金融ニッポン 飛躍の条件(2)長期投資が運用力鍛える」)

「金融後進国ニッポン」を象徴するような記事が、日本経済新聞の1面を飾りました。カナダのオンタリオ州公務員年金基金の幹部から資金運用の実態説明を受けた「有識者会議」のメンバーが、「彼我の差はあまりに大きい」とため息をついたことが報じられています。

正式には「公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議」という会議のメンバーは、「東京大学大学院教授」を座長に、「チーフエコノミスト」、「主任研究員」「大学院ファイナンス研究科教授」といった、そうそうたる「肩書」をもたれている、いわゆる「その道の専門家であるはずの方々」で構成されています。

オンタリオ州公務員年金基金の幹部のプレゼンテーションが素晴らしいものであり、かつ資料や議事要旨に記載されていないような高度な説明があったのかもしれませんが、公表されている「オンタリオ州公務員年金基金(OMERS)提出資料」を見る限り、「彼我の差」の大きさにため息をつくような内容であったようにはとても思えません。

むしろ、日本の「その道の専門家であるはずの方々」が、OMERSから提出された資料に沿った説明を受け「彼我の差は余りに大きい」と感じてため息をつくところに日本の問題点があるように思います。

筆者がOMERSの資料及び「議事要旨」を見て奇異に感じる点は、「予定運用利回り」に関してOMERS側から何の提示もなく、有識者達からのも何の質問も出て来ていないことです。日本の「有識者達」は、「6兆円の運用を担当する専門家は約300人。株式や国債だけでなく、空港や発電所といったインフラ、未公開株にも投資する。運用担当者の報酬は成績次第…」という外面の違いに圧倒されて「彼我の差」を感じてしまったようですが、「予定運用利回り」を確認せずに運用の在り方の議論が進められていくというのは、参加している方々が「有識者達」ではないことの証左でもあります。

日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の「財政検証における長期的な運用利回りの想定」は4.1%です。これに対してOMERSの「予定運用利回り」はどの程度だったのでしょうか。例えば米国最大の公的年金基金であるカリフォルニア州職員退職年金基金(CalPERS:カルパース)の「予定運用利回り」は7.5%と、GPIFよりかなり高い水準に設定されています。一般的に米国の年金基金の「予定運用利回り」は7~8%と言われていますから、OMERSの「予定運用利回り」もGPIFよりもかなり高い水準に設定されている可能性が高いと思います。

GPIFの4.1%という「予定運用利回り」の水準の是非は別にしても、4.1%の収益を目指す年金基金と、7.5%の収益を目指さなければならない年金基金とで、投資方針や資産配分が変わって来るのは当然のことです。米国等の公的年金が、GPIFが投資していない「株式や国債だけでなく、空港や発電所といったインフラ、未公開株にも投資する」のは、「予定運用利回り」の水準が異なっていることが根本的な理由です。

OMERSの資料の中には、ベンチマークと比較したパフォーマンスが紹介されていますが、「予定運用利回り」に関する記述はおろか、リスク水準に関する記載もありません。

OMERSの昨年末時点でのパフォーマンスは、過去1年間で10.03%、5年間で3.56%、10年間で8.24%となっています。しかし、そもそもどの程度の「予定運用利回り」を目指した運用実績なのかが分からなければ、過去5年間で3.56%という運用実績が悪いともいえませんし、過去10年間で8.24%という運用実績が良いともいえません。

さらに、このような運用実績を得るために、どの位のリスクをとったのか、どの位のリスクを想定して資産配分を行ったのかということが示されなければ、資産配分の適正性や、運用の良し悪しの議論など出来るはずもありません。3.56%という運用実績を上げるために3%のリスクをとったのであれば合理的ではありますが、20%以上のリスクをとった結果が10%のリターンだったのであれば、それが合理的な判断であったとは言い切れないのですから。

資産運用に限りませんが、重要なことは「目的」にあった「手段」を選ぶこと、つまり「目的」と「手段」の間に合理性が存在することです。例えば、木を切り倒すにはチェーンソーや斧が必要になりますが、封筒の封を開けるのであればカッターで十分なわけです。封筒の封を切るためにチェーンソーを持ち出すのは開封出来たとしても、それは合理的な選択とは言えないのと同じです。

「多様な資産に投資するには、長期的に1000人くらいの専門家が必要だ」

この記事では、「彼我の差」を感じてため息をついた「有識者」の一人が、このように発言したことが報じられています。しかし、これは資産運用を全く理解していない人の感想に過ぎません。

こうした発言の根本にある考え方は「リターンの最大化を図る」というものです。商業ベースの民間の運用ならばこうした考えがあっても構いません。しかし、制度の持続性が最優先される公的年金の運用が目指すものは、「リターンの最大化」ではなく、「目標リターンに対して最小・最適なリスクで到達すること」になるはずです。

「1000人くらいの専門家が必要」だと思い込んでしまうのは、「リターンの最大化」のために世界中からパフォーマンスの良いファンドを探し出さなければならないという、素人的発想に基づくものです。公的年金の運用の目標は、「予定運用利回り」を継続的に達成することであり、「世界中のパフォーマンスのいいファンドに投資する」ことではありません。GPIFが4.1%という「予定運用利回り」を達成するために何が出来るのかという「正しい目標設定」さえすれば、現状の70人程度の陣容でも十分だと言えます。

そもそも、実際の運用経験のない方々が、「有識者」とされ「公的資金の運用・リスク管理等の高度化」について話し合っているわけですから、彼らが考える「1000人くらいの専門家」など日本に存在するわけはありません。「1000人くらいの専門家」が必要だという発言は、自身が「専門家ではない」と言っていることと同義ですから、そもそも「有識者会議」のメンバーに相応しいのかという疑問を抱いてしまいます。

日本の公的資金の運用の問題点は、「株式や国債だけでなく、空港や発電所といったインフラ、未公開株にも投資する。運用担当者の報酬は成績次第…」という投資対象や報酬体系にあるのではなく、「予定運用利回り」の違いや、民間の運用と公的資金の運用の違いを想定せずに、「リターンの最大化」を図ることを資産運用の「目標」だと勘違いしている方々が「有識者」と見做されていることではないかと思います。

今回の記事を読んで、有識者との「彼我の差」にため息をついた「志ある運用専門家」もかなりいたのではないでしょうか。


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