「バーナンキ路線」から逸脱した発言をしたイエレン議長が目指す「バーナンキ路線の踏襲」

「定義は難しいけど6カ月とか、そんなあたりかしら」(日経電子版「イエレン議長、ハト派が食らった豆鉄砲」)

FOMC後の記者会見で、イエレンFRB議長が口にしたこの一言が、市場に大きな影響を及ぼしました。

「市場では『声明文と会見内容がちぐはぐな印象。イエレン議長はマーケットとのコミュニケーションに失敗した』(国内金融機関)との声が上がっている」(ロイター)

イエレン議長の発言後、米国株式市場が3桁の下落を記録したことで、市場からは「イエレン議長はマーケットとのコミュニケーションに失敗した」という声が上がって来ているようです。こうしたところに、バーナンキ路線を踏襲すると信じられて来たハト派のイエレン議長が、利上げの時期に言及するというのは、市場にとって想定外だったということが現れています。

これまでバーナンキ前議長は利上げに関する具体的な時期には言及して来ませんでしたから、こうした点において今回のイエレン発言を「脱バーナンキ路線」だとする指摘も一理あるかもしれません。

そのバーナンキ前FRB議長は、昨年5月に突然テーパリングに言及し、金融市場の動揺揺を招いたこともあります。テーパリングが実際に決定されたのは、発言があってから約7カ月後の12月のFOMCでした。結果論で言えば、テーパリングに言及した際に大きく動揺したNY株式市場も、7カ月という時間を掛けてそれを織り込んでいき、実際にテーパリングが決定された後の昨年大みそかに16,576ドルの史上最高値を記録し、その後現在まで高値圏で推移しています。

こうした市場の反応を見ていたイエレン議長が、将来的に必要になるであろう利上げについての言及は、直ぐに利上げが実施される可能性が低い時期に早めに行い、時間を掛けて市場に織り込ませていった方が賢明であると考えたとしても不思議ではないように思います。

イエレン議長が、誰もが直ちに実施される可能性は低いと考えるタイミングで早めに次の一手に言及し、時間を掛けて織込ませることで金融市場の混乱を小さくしていこうという意思をもって、今回の「6カ月とか、そんなあたりかしら」という発言をしたのであれば、それは「バーナンキ路線の踏襲」といえるものだと思います。

日本経済新聞は、「議長も勇み足の発言の後、すぐに『インフレ率が目標を下回れば利上げを思いとどまるかも』とバランスをとった」(日経電子版)と、今回のイエレン発言は「勇み足発言」だったと短絡的に報じていますが、それは政策当局者の失言は日常茶飯事という国のマスコミの悲劇(喜劇)かもしれません。

国内金融機関からは「市場とのコミュニケーションに失敗した」という声も上がっているようですが、それは発言者にとってイエレン氏の発言が不都合だった(損失を生むもの)故のものか、「株価が上がれば成功、下がれば失敗」という短絡的な見方をする専門家によるものである可能性が高いような気がします。

「われわれが政策をどのように決定するのか、市場は情報を求めている。このため、質的な情報ではあるが、失業率が6.5%を下回ってもどのくらいの期間にわたりFF金利の誘導目標レンジを0-0.25%に維持するかを決定するにあたり、われわれが何に注目しているのか、単にこれまでよりも多くの情報を提供することが、今回の変更の目標だ」(ロイター)

イエレン議長は、6.5%というフォワードガイダンスを削除した見返りとして「これまでよりも多くの情報を提供する」と述べました。これまでも議長は同じ主旨の発言をして来ていますから、想定通りのものです。懸念されるのは、市場がこうした「これまでよりも多くの情報を提供する」というFRBの方針転換に対して必要な準備をして来たかという点です。

FRBはこれまで、雇用に関しては、「失業率6.5%」と、変数が「失業率」一つである「一元方程式」を市場に課題として与えて来ました。これを今回のFOMCで「労働市場の情勢を示す指標や、インフレ圧力・インフレ期待の指標、金融市場の状態を含めたその他の情報などを含む幅広い情報を考慮して判断していく」(日本経済新聞)と、変数が複数ある「多元方程式」に変更しました。変数が一つでなくなりましたから、「これまでよりも多くの情報を提供」しないと、方程式が解けないのは当然のことです。

では、「これまでよりも多くの情報を提供する」ことで、市場とFRBのコミュニケーションは保たれるでしょうか。個人的には、これまで以上に難しくなると考えています。それは、イエレン議長のコミュニケーション能力に問題があるということではなく、市場の方程式を解く能力が落ちて来ていると思われるからです。

FRBは、2008年頃から「一元方程式」であるフォワードガイダンスを導入して来ました。フォワードガイダンスといえば聞こえは良いですが、中央銀行と市場との関係においては「ゆとり教育」がなされていたようなものです。フォワードガイダンスが取り入れる以前、投資家は「幅広い情報を考慮」して、中央銀行の金融政策の方向性を探ろうとしていました。つまり、「多元方程式」を解こうとし続けていたのです。

しかし、政策金利がほぼ0%となったこともあり、中央銀行は「一元方程式」のフォワードガイダンスを導入せざるを得ない状況になり、それがあっという間に世界の潮流となってしまいました。

これによって、投資家に求められるのは「一元方程式を解く能力」になってしまったのです。人間の尾骨と同じで、必要のないもの、使わないものは退化するのが常ですから、市場の「多元方程式を解く能力」はこの数年間でかなり落ちたと考えなければなりません。

日本で2002年からの「ゆとり教育」によって子供達の学力が大きく低下し、大学の授業にも支障を来しているといわれています。これと同様で、使わない能力が低下する速度は想像以上に早い可能性があります。 蛇足ですが、以前このBlogでも触れましたが、フォワードガイダンスを世界に先駆けて導入したのは1999年2月にゼロ金利政策を導入した日銀だといわれています。

 【参考記事】 「コミュニケーションの重要性」を掲げるFRBが招いた「ミス・コミュニケーション不安」

FRBは今回のFOMCで、フォワードガイダンスの一部を削除し、市場に「多元方程式」を示す方向に舵を切りました。問題は、市場に「多元方程式を解く能力」が残っているかです。もし、市場の「多元方程式を解く能力」が想像以上に低下していた場合、FRBと市場の間のコミュニケーション・ギャップが出て来る可能性は否定出来ません。

今回のイエレン議長の「6カ月とか、そんなあたりかしら」という発言をうけ、株式市場が大きく下落したことや、日本の金融機関の間から「イエレン議長はマーケットとのコミュニケーションに失敗した」という声が上がっていること、さらには日本を代表する経済紙が「勇み足発言」と評していることなどを見ると、市場の「多元方程式を解く能力」は、少なくとも「ゆとり教育」と「フォワードガイダンス」の元祖である日本ではかなり低下してしまっている可能性があるように思います。

イエレン議長が、市場の「多元方程式を解く能力」が落ちて来ていることを認識したうえで、市場とコミュニケーションをとろうとするのか、市場は当然「多元方程式を解く能力」を備えているという思い込みの上でコミュニケーションをとろうとするのか。

今後イエレンFRB議長が市場とうまくコミュニケーションをとって行けるかどうかは、議長が市場の能力低下を正しく把握できるかにかかっているような気がしてなりません。

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近藤駿介

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