「経験の乏しい大学教授」に舵取りを委ねられる日本の公的年金

(2014年4月20日)
◆ 最も重要な「資産配分」にミッションを負った委員長就任
「厚生労働省は18日、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用委員会の委員長に米沢康博・早大大学院教授を起用する検討に入った。運用委員会は、約130兆円ある積立金の資産構成割合を決める役割を果たす。年金運用に詳しい米沢氏は、株式投資による利回りの改善などを主張しており、国債に偏った運用からの転換を主導するとみられる」(19日付日本経済新聞 「公的年金の運用委員長 米沢早大教授起用へ」)

世界最大の機関投資家であるGPIFの運用委員会の委員長に、またまた資産運用の実務経験のない大学教授が就任するようです。GPIFは当然ながら、金融商品取引法で「適格機関投資家」に指定される「プロの投資家」です。世の中には様々な分野でプロの世界がありますが、「未経験者」が指揮を執る分野は「資産運用」の分野くらいかもしれません。プロ未経験者がJリーグの監督に就いたことがないわけではありませんが、極めてレアケースです。

年金運用が今後の大きな課題になっている状況下で、「運用未経験者」を公的年金運用のトップに起用するというのは「無謀な賭け」であるように思えてなりません。また、恐ろしいことは、「運用未経験者」の委員長に課せられたミッションが、「国債に偏った運用からの転換を主導する」ということです。

年金運用に求められるのは、決められたリスクの範囲内で、求められる投資収益を確保して行くことであり、「国債に偏った運用からの転換を主導する」ことではありません。

約130兆円という世界最大の運用資産を持っているGPIFの運用パフォーマンスを決するのは、「資産配分」です。個別銘柄のピックアップによる超過収益など、130兆円という運用資金規模からすれば蚊に刺さるより軽微、なものに過ぎません。そこが、100億や200億円の投信の運用と決定的に違うところです。

「資産配分」が最も重要な公的年金のトップに、「国債に偏った運用からの転換を主導する」という決められたミッションを課せられた委員長を据えるというのは、日本の年金制度の存続を「天に任せた」ということで、無責任極まりないことでしかありません。

◆ 吹き飛んだ3階部の運用方針を目指す愚
日本の年金制度は、「国民年金」という1階部分と、「厚生年金(サラリーマン)」「共済年金(公務員)」の2階部分(1階部分と2階部分を合わせて「公的年金」)、さらに厚生年金基金や企業年金基金など3階部分の私的年金という、3階建ての構成になっています。

最近はマスコミで報道されているように、3階部分に相当する厚生年金基金が破綻、解散に追い込まれて来ています。AIJ事件などもありましたから、一般の方の多くは3階部分だけが杜撰な運用をしていたので破綻、解散に追い込まれたと思い込んでいると思われます。「悪意」があるのかないのかは別にして、マスコミはあたかも購読者がそのように思い込むように誘導するかのような報道をしてきていますからそうであっても不思議なことではありません。

3階部分である厚生年金基金は、実質的にGPIFからお金を借りて運用をしていました。そして、GPIFからの借入コストは、GPIFの実績運用利回りでした。ですから、厚生年金基金は、GPIFよりもいい運用利回りを出せば基金の収益が増え、例え運用利回りがプラスでも、GPIFの運用利回りを下回った場合は基金の収益がマイナスになる仕組になっていました。

こうした仕組であったために、厚生年金基金の多くは、GPIFよりも高い収益を目指して「国内株式」の比率をGPIFよりも高めて来ていました。「貯蓄から投資へ」という政府が掲げるスローガンを唯一実践していたのが厚生年金基金だったということです。そして、政府の掲げるスローガンを実践して来た厚生年金基金が辿り着いた先は、破綻、解散でした。

厚生年金基金の資産残高は2012年度末で約18兆円です。そのうち、「国内株式」の投資比率は約20%ですから、3.6兆円ほどの国内株式を持っていたことになります。この4月から施行された改正厚生年金保険法によって、9割ほどの厚生年金基金が解散に向かうと報道されています(11日付日本経済新聞 「年金改革の衝撃~厚年『大解散時代』」)から、解散によって3.2兆円ほどの「国内株式」が売却される可能性があるということになります。

GPIFのトップに、「株式投資による利回りの改善などを主張しており、国債に偏った運用からの転換を主導するとみられる」米沢教授を据えるのは、厚生年金基金解散によって出て来る可能性がある3.2兆円ほどの売りを、GPIFが「国内株式」の構成比率を2.5%ほど高めることで吸収しようという狙いがあることは間違いありません。

「株式投資による利回りの改善」を目指した結果、解散に追い込まれた厚生年金基金が保有する「国内株式」を引き取るために、GPIFが「株式投資による利回りの改善」という尤もらしい理由を掲げるというのは、歪んだ論理的でしかありません。

【参考記事】 何故厚生年金基金だけが「大解散時代」を迎えたのか~公的年金を「将来の危機」にすることで生じるメリット

◆ サラリーマンの年金よりも大切に運用される公務員共済
今回GPIFの運用委員会委員長になることが事実上決定した米沢教授は、年金制度の2階部分に相当する公務員の公的年金を運用する国家公務員共済組合連合会(KKR)の資産運用委員会の「委員長代理」を務めています。そのKKRの基本ポートフォリオは、昨年12月に「国内債券74%(▲6%)」「国内株式8%(+3%)」に見直されましたが、それでもGPIFの「国内債60%」「国内株式12%」よりはるかに保守的になっています。公務員の年金の方が、サラリーマンの年金よりも大切に扱わなければならないという決まりがないのであれば、まずKKRの「国内株式」の資産配分をGPIF並に早急に引上げなければ筋が通らないような気がします。

それをせずにGPIFの運用を「国債に偏った運用からの転換を主導する」のは、KKRの資産規模は約8兆円で、「国内株式」の比率をGPIF並の12%(実際の運用比率は17.22%)に引上げても約3200億円(17.22%まで引上げたとして約7400億円)でしかなく、これだけでは厚生年金基金から出て来る3.2兆円は支えきれないからに他なりません。厚生労働省や有識者の本音は、年金制度の根幹を守るためには、サラリーマンの年金積立金を利用して、厚生年金基金解散に伴う「国内株式」の売りを吸収するしかないということだと思われます。

◆ 「素人運用」が批判の的となった厚生年金基金と、全く批判が上がらないGPIF
AIJ事件など厚生年金基金の杜撰な運用が問題になった際には、社会保険庁からの天下りした「素人常務理事」が運用に当っていたことに対して、マスコミを筆頭に世間から大きな批判の声が挙がりました。

しかし、厚生労働省が、日本の年金制度の根幹である1階、2階部分の公的年金の運用を担うGPIFの運用責任者に「素人委員長」を据えようとしていることに対して、何故マスコミを含めて一切批判らしい声が挙がらないのでしょうか。

大惨事となった韓国南西部沖の旅客船沈没事故。その原因については、「韓国でも有数の潮流の速い海域。捜査本部は、航海士が経験不足のため速度を落とさずに方向転換したとみているという」(日経電子版)と、「経験の乏しい3等航海士」が「ほぼ全速力で進んで方向を変えた」ことだと見られています。

翻って、日本の公的年金。「激動の金融市場」のなかで、「資産運用の実務経験のない大学教授」に、「国債に偏った運用からの転換」という「方向転換」をさせて、安全に目的地に到達出来るのでしょうか。

6700万人強が加入する公的年金を運用するGPIFが、「経験の乏しい3等航海士」の操船によって座礁したら、その経済的損失は甚大になることは、厚生労働省にも、新委員長にも、肝に銘じておいてもらいたいものです。

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