「成果主義」は遠くにありて思ふもの ~ 「労働時間規制緩和」が「成長戦略」であるという幻想

(2014年5月29日)
「首相は『労働時間制度の新たな選択肢を示す』と述べ、働いた時間ではなく成果に給与を払う『ホワイトカラー・エグゼンプション』を導入する。ただ厚生労働省内にはごく一部の高収入者に対象を限る意見があり、産業界と溝がある。企業の生産性を高めるには対象範囲を広げる制度設計がカギを握る」(29日付日本経済新聞 「労働時間規制を緩和」)

政府は専門職を中心に週40時間を基本とする労働時間規制を外す方針を決めたようです。これに対して、労働者側からは長時間労働を強いられることになることに対する強い警戒感が示されています。

長時間労働と残業カットが公然と行われていた時代にゼネコンの都市トンネル技術者として社会人のスタートを切り、31歳で金融・資産運用業界に転じてから約20年間年俸制で過ごし、「労働時間」と「報酬」がほとんどリンクしない特殊な業界で過ごした経験を持つ筆者にとっては、こうした議論は新鮮でもあり、今さらの議論でもあります。

自分の経験に基づくと、政府とその意を受けた有識者会議による、「ホワイトカラー・エグゼプション」が「生産性向上」に繋がるという主張は短絡的に思えます。

おそらく、「労働時間」と「報酬」を最初に切り離したのは金融業界、特に証券業と資産運用業界であったと思います。その日本の金融業界は、世界的に見て「生産性の低い業界」の代名詞にもなっています。それどころか、日本を代表する証券会社や信託銀行でインサイダー取引が行われたり、筆者の仕事上お付き合いのあった人が1年半の間に4人も逮捕されたりしており、モラルの低下も甚だしくなって来ています。こうした例は極端なものですが、「行き過ぎた成果主義」には「生産性教条」を上回る副作用があり得ることは認識しておくべきだと思います。

「成果」に基づいて「報酬」を支払うというのは、至極当然のように思えます。しかし、認識しておかなければならないことは、「あるべき姿である」ということと、「実現出来る」「オペレーション出来る」ということは全く別物だということです。

筆者が若い頃には、資本主義の先には社会・共産主義という理想的な社会が訪れるということが、まことしやかに語られ、多くの進歩的な学生達がその考えに陶酔しました。しかし、その後社会・共産主義は実質的には崩壊し、政治的にそれを掲げている国でも、経済的には資本主義を取入れるという一国二制度になっていることは周知の事実です。

「成果主義」と「社会・共産主義」は正反対のものですが、個人的には「成果主義」は「社会・共産主義」と同様、「遠くにありて思ふこと」であって、人類に実現することは困難なものではないかと思います。簡単に言えば、人間の精神は「成果主義」を「効率性向上」に繋げられるところまで進化できないということです。

「成果主義」の問題点は「評価基準」です。これまでの「報酬(労働対価)」を計る尺度は、年功序列の場合は「年齢」であり、「労働時間」という絶対的なものでした。「年齢」や「労働時間」という絶対的な「評価基準」が存在することで、現在の組織のヒエラルキー(組織的階層)は成り立って来ています。

1990年のバブル崩壊以降、証券業界は年功序列から「成果報酬」に大きく舵を切りました。その時に問題となったのは、それまで「年齢/年次」という、「誰でも評価者になれる基準」がなくなったことです。「誰でも評価者になれる基準」が評価基準から外されたその時点で評価者になっていた人の多くは、「年齢/年次」という評価基準の中で出世して来た人でしたから、「誰でも評価できる基準」がなければ部下を評価することなどはとても無理な話しです。

そこで組織が持ち出した評価基準が、「売上」とです。「成果」を計る基準として「売上」は、文句はつけにくいものですし、誰にでも比較出来る最も都合がいい基準だったわけです。

業務の「成果」を「売上」という尺度で計るということは「結果重視」ということですから、その副作用として「プロセス軽視」が進むということにもなりました。もともと「売った者勝ち」の傾向が強かった証券界が、「結果重視」になったことによって、どんな手段を使っても「売上」を上げればいいという文化が強まり、時にはモラルを失う人間を生み出し、業界全体の信用が傷つくということにもなりました。

貯蓄から投資へ。もう20年近く政府と証券業界は一体になってこのスローガンを掲げ、個人の株式投資や投資信託などの投資を増やそうとして来ています。しかし、未だにそれは思うような「成果」を生んでおりません。最も「成果主義」が進んだ「証券・資産運用業界」が、政府の後押しを受けても何時までも目標達成ができないという事実は、「成果主義」を導入して「生産性向上」を謀っても、会社あるいは業界全体としての「生産性向上」に繋がるわけではないことを示したものではないかと考えています。

「成果報酬」というと、多くの方は、プロ野球やサッカー選手のようなイメージを受けると思います。しかし、こうした「興業的なプロ」と「ビジネスのプロ」とは全く別物です。何故なら、プロ野球やプロサッカーにおいては、自チーム以外に他チームのスカウトなども選手の動きを見ているからです。

これに対して一般のビジネスの社会では、特殊な職種を除けば、その人の仕事ぶりは他社の目に触れることはありません。ですから、プロ野球選手やサッカー選手のように、「他チームの評価を聞いてみたい」ということは言えず、結局は所属会社の評価を甘んじて受け入れる以外にないわけです。

政府は制度の適用範囲を「年収900万円以上」とし、「希望しない人には適用しない」という方針も示しているようです。しかし、「年収900万円以上の雇用者」に企業側が制度適用を打診し、雇用者がこれを断った場合、制度の適用外になるように「年収900万円未満の雇用者」に引き下げられる可能性が高いことは想像に難くありません。

個人的経験から言っても、企業と雇用者の交渉で決めるという建前があったとしても、企業と雇用者では立場が対等でありませんから、「交渉」にはならず、企業側からの「宣告」になることは明らかです。

「生産性向上」というのは、企業が成長して行くうえで当然追い求めなければならないものです。しかし、「ホワイトカラー・エグゼンプション」がその手段として適切な制度であるかは定かではありません。業種や職種によって、個々の企業が検討する制度の一つではあるかもしれませんが、政府がそれを「日本経済の成長戦略の柱」として旗振り役になるということには疑問を感じずにはいられません。

安倍総理には、1990年以降の日本の金融業界の歴史と現状を研究して頂き、本当「ホワイトカラー・エグゼンプション」が国の成長戦略になり得るかを再検討して頂きたいと思います。

「高度な専門職」であるはずの日本を代表する経済紙は、社員の「成果」を何で計るつもりなのでしょうか。一人の読者として、「如何に霞が関や永田町に都合のいい記事を書いたか」にならないことを祈るばかりです。
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近藤駿介

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ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動して来ました。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚をお伝えしていきたいと思います。

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