理研・笹井氏自殺 ~ 「成果主義」で本当に「生産性」を上げられるのか

(2014年8月6日)
理研・笹井副センター長の自殺はとても残念なものでした。

ストレスに対する耐力は、個人差もありますから笹井氏が自殺という解決策を選択したからといって、世の中や理研の体質に原因を求めるのは適切ではないかもしれません。ただ、個人的には、「成果主義」が当然のように社会の効率を高めるかのように言われていることには疑問を抱いています。

笹井氏は再生医学分野で世界的に認められていた科学者です。Ips細胞が登場するまでは最もノーベル賞に近い科学者ともいわれていた方です。「一番じゃなきゃダメ」とされる科学の分野で、一時 「一番成果をあげた科学者」の1人と目されてきた人物でした。

Ips細胞を発見した山中教授に対する対抗心だったのか、小保方博士に対する不適切な愛情のせいだったのかは分かりませんが、およそ「科学」からかけ離れた「人間の煩悩」に基づく動機によって、「元一番の科学者」をIps細胞の登場によって失った「一番」の座を取り戻すべく、する必要のない無理に走らせてしまった可能性があることを軽視してはいけないような気がします。

1990年のバブル崩壊を受け、金融業界は社会に先駆けて「成果主義」を取入れて来ましたが、日本生産性本部の報告などで金融業界の労働生産性はほとんど上昇していないことが報告されています。

笹井氏のように、自らの命を絶つという方法をとる人は多くないまでも、筆者も「成果」を上げるために「モラル」を売ってしまった人は山ほど見て来ています。こうした「モラルを売ってしまった人達」が増えることで、業界全体のイメージが悪化し、結局は生産性上昇の足枷になるという負の連鎖を起こしているような気がしてなりません。金融工学等が発展し、新しい商品や運用手法、分析手法が次々に生み出される金融業界で、何時までも「株屋」「保険屋」という昔ながらの言葉が残っているところに、「人間的発展」が「科学の進歩」に追いつけない現実が現れています。

科学が進歩しても、人間の精神や心は科学のようには進歩しないものです。世界中で多くの人達が、千年以上同じ宗教を信じ続けているのもその現れです。千年以上変らず多くの人達に信じられているものと「科学の進歩」がもたらすものの乖離が大きくなることに多くの人達が悩み苦しみ、それがまた昔から信じられているものへの回帰を生んでいるのかもしれません。

「成果主義」と笹井氏の自殺の因果関係の有無はともかく、科学のように進歩しない人間を「成果主義」で追い込むことによって、組織や業界の生産性が失われる可能性があることは、もっと考慮すべきのような気がします。今回、笹井氏を自殺に追い込む結果になってしまったことで、日本の再生治療の発展、生産性向上の妨げになることは間違いありません。

「一度の失敗で烙印が押され、『負け組』が固定化するような社会は、『頑張る人が報われる社会』とは言えません。何度でもチャレンジできる社会を創り上げてまいります」

安倍総理が理研を訪問した際に説明役を担った笹井氏には、安倍総理の施政方針演説でこうした発言は心に残っていなかったようです。

「一番」という輝かしい看板を失った科学者にとって、「一番」奪回を焦って失敗を犯したことによって、「一番」という看板の奪還はもとより、新たに「研究不正に関わった科学者」という負の看板を背負う運命は受け入れ難かったからかもしれません。STAP細胞の論文は、笹井氏が論文指導をし、共著者に名を連ねたことでNATURE誌に取り上げられることになったと言われていますが、それは「世界で一番成果をあげた科学者」 の1人いう看板があったから為せる業で、「研究不正に関わった科学者」という負の看板、負け犬という烙印を押された科学者に許されるものではないことを、笹井氏は誰よりも強く認識していたのではないかと思います。

さらに、「元一番の科学者」といえども、理研といった所属組織の看板抜きに、研究を続け研究成果をあげるための資金を集めて行くことが難しいという現実があることを想像させるものです。

日本の社会は、良くも悪くも個人の成果は所属する組織の看板の上で得られるシステムになっています。それは、資金的な面以外に、世の中は「真実」や「本物」よりも、「輝かしい看板を持った人の尤もらしいお話し」に頼る傾向が強いことも影響しています。組織の看板を失っても「何度でもチャレンジできる社会」を創り上げるためには、看板に関らず「真実」や「本物」を見極める審美眼を上げて行く社会を構築する必要があるように思います。

社会全体の審美眼向上は、日本経済新聞など看板を持ったメディアに、「〇●研究所チーフエコノミスト」なとどいった尤もらしい肩書を背負った人間を登場させ、永田町や霞が関に都合のいいコメントを垂れ流すことで国民を懐柔して来た永田町、霞が関にとって不都合なことかもしれません。しかし、日本が本気で「成果主義」を通して「生産性」を向上させると同時に、「何度でもチャレンジできる社会を創り上げる」ことを求めるのであれば、世の中の審美眼を上げて行くことは必要不可欠のような気がします。

安倍総理の施政方針での発言が、自らの再登板や、失言や失政を繰り返す政治家がゾンビのように復活することを正当化するための言葉で終わらせないようにして頂きたいものです。

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近藤駿介

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