間違いだらけの「GPIF改革」

(2014年9月14日)
◆ 運用素人の有識者が叫ぶ「アベノミクスでインフレになるのだから国内株式」
「1990年代、公的マネーを使った政府主導のPKO(株価維持策)は株式市場の価格形成機能をゆがめるとして批判を浴びだ。実際に株価を底上げする効果も長続きしなかった。GPIFの運用変更もPKOに当るとする批判はあるが『株価のための改革ではない』と塩崎氏は反論する」(13日付日本経済新聞「真相深層~株比率よりガバナンス」)

安倍政権は、公的年金を運用するGPIFが国内株式を始めとしたリスク資産を増やす方針が、株価維持策であるととられることは避けたいようです。

確かに、GPIFの国内株式への投資比率引き上げは、年金運用において何の「改革」にもなりませんし、年金問題の解決にもつながりません。GPIFが5%国内株式の比率を引上げれば、計算上6兆円強の資金が株式市場に流れ込むことになりますから、株価に上昇圧力が掛かることは想像に難くありません。しかし、GPIFは今後増加して行く年金給付金を確保するために市場で資産を売却し、現金化する宿命を抱えていることを忘れてはなりません。

要するに、GPIFの国内株式投資比率引き上げによって株価が上昇するしないという議論ではなく、GPIFが給付金確保のために現金化に動いた際に、目標とする収益を確保出来るのかという議論が重要になるわけです。

GPIFが国内株式を買っている間は株価が高く推移し、必要資金を確保するために売り手に回った際に株価が下落し資産を安く売る必要があるのでは、年金資産を毀損させるだけです。実際の運用を知らない多くの有識者やエコノミスト達は、「アベノミクスでインフレになるのだから国内株式を増やすのは当然だ」と、超近視眼的な見解を示しています。しかし、年金資産運用で重要なのは、現金化する際に、必要な量の現金(収益)を確保出来るかということです。つまり、現金化する前の「評価益」では意味がないということです。

GPIFが国内株式を買っている間は、出来るだけ安い価格で売ってくれる投資家が必要で、GPIFが国内株式を現金化するさいには、出来るだけ高く買ってくれる投資家が必要なわけです。GPIFの国内株式比率を高めることを推奨している有識者達は、具体的にどのような投資家がその役割を果してくれることを想定しているのかを明確に示す責任があるように思います。

ちなみに、公的年金よりも高い国内株式比率であった確定給付型企業年金や厚生年金基金は、1986年度から2012年度までの間、修正総合利回りが21勝6敗であったにも関らず、その制度を維持出来なくなったことは周知の事実です。こうした事実についてGPIFの国内株式比率を高めることを推奨している有識者達はどのように考えているのでしょうか(企業年金連合会「修正総合利回りの推移」参照)。

◆ 「運用現場に金融のプロ」を採用するという夢物語
「目指すのは日銀政策委員会のように専門家が合議で決める体制だ。運用の現場には金融のプロを採用し、リスクをとりつつ損失を避け、安定かつ高い利回りを実現する高度な運用を担う。これが塩崎氏が描く改革の姿だ」(同日本経済新聞)

塩崎厚労相は、GPIFが目指す「改革」は、「株式比率を上げる」ことではなく、「ガバナンス改革」であるということにしたいようです。しかし、「運用の現場には金融のプロを採用し、リスクをとりつつ損失を避け、安定かつ高い利回りを実現する高度な運用を担う」というのは、人間が生身のまま空を飛ぶような非現実的なものでしかりません。

GPIFは既に運用のほとんどを外部委託しています。その運用委託先は、国内外の有名運用機関ばかりです。つまり、国内外の優秀な運用機関に預けて来たにも関らず、公的年金の問題は運用では解決出来なかったということです。

こうした現実があるなかで、どこから「運用の現場に金融のプロ」を採用するというのでしょうか。GPIFが委託していない組織の中に「プロ」が埋もれているというのでしょうか。

また、GPIFが「運用の現場に金融のプロ」を採用できたとしても、運用はこれまでと変り映えしない運用機関に外部委託するわけですから、GPIFが「金融のプロ」を採用したことで、運用委託先の運用が「リスクをとりつつ損失を避け、安定かつ高い利回りを実現する高度な運用」に変化するなどということはあり得ない話でしかありません。

ようするに、GPIFがリスク資産を増やすという資産配分の変更も、「日銀政策委員会のような専門家会議が決める体制」のもとで「運用の現場に金融のプロを採用」しても、公的年金が抱える問題は解決しないということです。

そもそも、日銀の政策委員会を見ても明らかな通り、こうした会議で日本経済を正しく分析し、コントロール出来る保証はありません。また、「金融のプロ」でない政策委員会の様な組織の下で「金融のプロ」がその能力を発揮するのは極めて難しいことです。何故なら、「金融のプロ」の考えることは、そうではない政策委員会の委員たちには理解出来ないからです。これは、イチローや松井秀喜がバッターボックスで何を考えているのか、お茶の間で観戦している俄か評論家に理解出来ないのと同じです。

さらに付け加えれば、「金融のプロ」と「運用のプロ」は全く異なるものです。それは、株式や債券の売買は「金融」ではないからです。こうした「金融」と「運用」の根本的な違いが分かっていない人達が書き上げる「GPIF改革」が絵に描いた餅で終わる可能性が高いのは仕方がないことです。

◆ 「ガバナンス改革」は「年金債務」を明確にすることから始めよ
公的年金の「ガバナンス問題」の根本は、GPIFの組織にあるのではなく、行政が公的年金の運用に関っているところにあります。

先日「ハイブリッド型企業年金制度登場 ~ そして国民以外に損失負担をする主体はいなくなった」 という記事でも指摘しましたが、「公的年金は制度としては『確定給付型年金』になりますが、年金運用に伴う損失を様々な形で実質全て国民が負担しているという点では『確定拠出型年金』と同じになっている」という点です。

「確定拠出型年金」は、形式上、年金加入者が自らの判断によって投資方針を決めるが故に、「自己責任原則」に基づいて加入者が運用に伴う損失を受け入れることになっています。

しかし、今の公的年金制度は、国の意向で運用方針が決められる一方、それに伴う損失は、「給付金の引下げ」、「給付年齢の引上げ」、「保険料の引上げ」、さらには「増税」といった形で全て国民が負担する形になっています。つまり、国民は「政府の責任」を押付けられている格好になっているのです。

GPIFについては「世界最大の投資家」と繰り返し報じられていますので、多くの国民がそのような認識を持っているかもしれません。しかし、正しくは「世界最大の債務を抱えている投資家」です。

企業年金では、「年金資産」はバランスシート上に「資産」として計上されません。企業会計上認識されるのは「年金債務」と「年金資産」の「差額」です。これが公的年金になると、「年金債務」がどの位あるのかは全く報じられず、「年金資産」の規模だけに焦点が当てられ、「GPIFは世界最大の投資家」だと報じられているのです。「GPIFは世界最大の投資家」と報じることで、会計知識の乏しい国民に「年金資産は潤沢にある」という錯覚を与えようとしているように思えてなりません。

「給付金の引下げ」、「給付年齢の引上げ」、「保険料の引上げ」といった対応は、金融的には「破綻企業の延命策」と同質のものですから、「世界最大の投資家」が保有している「年金資産」が「年金債務」より少ないことは間違いありません。

GPIFのガバナンス問題は、GPIF組織をいじることではなく、実際に国が「年金債務」をどの位抱えているのかを国民に明らかにすることから始めるべきものであるように思えてなりません。

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近藤駿介

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ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つと同時に、評論家としても活動して来ました。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚をお伝えしていきたいと思います。

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