一般常識では理解不能の「与野党応酬」 ~「安部式実質賃金」と、調べようのない「総雇用者所得」

(2014年10月6日)
「前原誠司・民主党元代表 『アベノミクスには誤算がある。名目賃金で誇るより、実質賃金を上げなければならない』
首相 『なるべく早く賃金が(物価上昇に)追いつくようにしたい』」(4日付日本経済新聞 「成長戦略・円安で応酬」)

この記事を読んだ読者のほとんどは、安倍政権は「実質賃金(=名目賃金-物価上昇率)」が上がっていく、つまり、物価上昇率を上回る賃金上昇を目指していると理解したのではないかと思います。

しかし、残念ながらそうした考えは「美しき誤解」です。

たまたま衆議院予算委員会での前原民主党元代表と安倍総理のやり取りを「衆議院インターネット審議中継」でみたところ、安倍総理は次のように発言しています。

「昨年の予算委員会でも説明した通り、物価安定目標の2%に賃金が追い付くようにして行きますよというのが我々の政策です。…(中略)… しかし、消費税が上がった分につてはですね、これはまさに年金や医療の分で、国民にまた給付する分でありますから、これについては残念ながら、これは追い付くことが出来ないわけでございますが …(中略)… 我々の政策通りには一応賃金は追い付いて行っているというのが我々の考えでございます」

ようするに、安倍総理が目指している「物価上昇率を上回る賃金上昇」というのは、「消費増税の影響を加味した物価上昇率を上回る」ということではなく、「物価安定目標の2%を上回る」ことであり、4月に引上げられた3%の消費増税相当分は始めから念頭にないということです。

7月8日に東京都が発表した都内の民間労働組合の2014年の賃上げ率は、「物価安定目標の2%」を上回る2.04%となっており、これが「我々の政策通りには一応賃金は付いて行っている」という答弁に繋がっているようです。

さらに言えば、8月の消費者物価指数(CPI、生鮮食品を除く)は前年同月比3.1%上昇していますが、「消費増税の影響を差し引くと伸び率が前年同月比1.1%」(9/27付日経電子版)という状況にありますから、安倍総理が定義する「安部式実質賃金」は足下では完全にプラスになっているということになります。

付け加えると、経済動向を分析する際に「生鮮食品を除くコアCPI」を見るというのは理に適ったものですが、一般消費者の負担を測る際には「(生鮮食品も含めた)CPI総合」を基準にするべきです。一般消費者には、生鮮食品の購入をしないという選択肢がないからです。

「安部式実質賃金」は、消費者が負担している消費増税分と生鮮食品の値上がりを考慮しない「安部式物価上昇率」に基づいていますから、世間一般の定義に基づく「実質賃金」より高く出るようになっているのです。こうした詭弁を弄するところに、政治家としての志の低さが表れているのかもしれません。

さらに安倍総理の答弁で気に懸かったのは、国民の所得に関しては「総雇用者所得」という指標で見て行くことが肝心だと主張していたことです。筆者は25年以上金融関係業務に携わっていますが、恥ずかしながら「総雇用者所得」という経済指標は初めて聞きました。念のためにGoogleで検索してみましたが全くヒットしませんでした。こうした耳慣れない経済指標を使いがちな月例経済報告の資料も確認してみましたが「総雇用者所得」という統計は存在しません。

さらに不思議だったのは、Googleでもヒットしない「総雇用者所得」という経済統計を持ち出して答弁した安倍総理に対して、前原議員が「後で調べて頂いたら結構なのですが…」と断ったうえで、公務員や企業の役員レベルが含まれるか否かという統計の違いまで披露して反論したことでした。Googleで検索してもヒットしない「調べようもない経済指標で」どうして安倍総理と前原元民主党代表の会話が成り立っているのか。国会というのは国会議員ではない一般人には立ち入れない世界なのかもしれません。

(前原元民主党代表が披露した定義から推察するに「総雇用者所得」というのはGDP統計の「雇用者報酬」のことではないかと思いますが、安倍総理は「8月は前年同月比+2.1%と17カ月連続で上昇」と月次統計として説明していますから、四半期統計である「雇用者報酬」とは異なる経済指標が存在するようです。)

日本経済新聞の記事では「与野党が応酬した」と報じられていますが、前原民主党元代表と安倍総理の「応酬」は、両党ともに消費増税に賛成していることもあり、消費増税の影響に関してはアンタッチャブルという暗黙の了解のうえでのものだったせいか、上辺だけの「応酬」になってしまったように思います。

もし、民主党が消費増税に反対の立場であれば、「これから名目(賃金)ではなく実質(賃金)で仰ってください」と総理に迫った前原元代表が「消費増税の影響による物価上昇」を除いた「安部式実質賃金」の説明で納得することはなかったはずです。

さらに両者の「応酬」で気になったのは、両者ともに「有効求人倍率が上昇している」ことを「雇用市場がタイトになっている」というように評価しているところです。「有効求人倍率」はあくまで「求人倍率」であり、「雇用」を表す指標ではありません。また、実際に雇用に結び付いた「正社員成約率」は7.5%と13人に一人程度ですし、「正社員の有効求人倍率」も0.68倍程度と「雇用市場はルーズなまま」と言える状況にあります。

失業率がリーマン・ショック後初めて6%を下回り、非農業部門の雇用者数も順調に増加していることが経済指標で確認され、金融市場で利上げが意識されるなかで、統計に表れにくい「雇用の質」にまでこだわるFRBと、「統計の上辺」だけを議論する日本の政策当局との経済分析に対する認識の差には愕然とさせられます。

「衆議院インターネット審議中継」を見て感じたことは、国会の議論は国民視点からずれているということです。さらには、国会の「応酬」の中身もさることながら、問題点を何一つ指摘しないどころか、正確に報じることも出来ないマスコミにも驚かされました。

流石に今回は確認していませんが、本当に安倍総理は昨年の予算委員会で、「消費増税分については賃金上昇が追い付くことはない」と説明していたのでしょうか。安倍総理が消費増税分だけは確実に「実質賃金」が下がることを明言していたのだとしたら、何故「生産、所得、消費」の「前向きの循環メカニズム」が絵空事であることを、誰も指摘しなかったのでしょうか。

前原元民主党代表もこの点を全く質さなかったことで、安倍総理は「昨年の予算委員会でも、今年の予算委員会でも説明した通り…」と主張することが出来るようになってしまいました。この国の国会議論もマスコミ報道も、根本から直さす必要があるように思えてなりません。

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