「2%物価安定目標」という間違った目標設定と、「消費増税」という間違った政策が掻き消した「円安メリット」

(2014年10月9日)
「日銀の黒田東彦総裁は7日の金融政策決定会合後の記者会見で、1ドル=110円に迫る円安は『景気にむしろプラスだ』と強調した」(8日付日本経済新聞「円安、むしろプラス」)

安倍政権誕生期待によって「行き過ぎた円高」の修正が始まってから2年近くが経ち、為替が1ドル110円に近付くなか、期待されたほど輸出数量は伸びず、輸入インフレの悪影響の方が目立ってきたことで、「円安は景気にプラスなのかマイナスなのか」という円安効果に関する議論が盛んになって来ました。

円安については、安倍総理が7日の参議院予算委員会で「家計や中小・小規模事業者にはデメリットが出てきている」(日本経済新聞)と円安の悪影響に言及し、9/18には「(1ドル=108円という)水準そのものは、日本にとって困った水準ではない」(9/18付日経電子版) と発言していた経団連会長が、ここにきて「これ以上、円安にふれるのは日本全体として好ましくない」(10/6日経電子版)と発言内容を微妙に修正し、「円安は日本経済にプラス」と言い張り続けている最後の砦は日銀総裁だけになって来ています。

「円安がプラスかマイナスか」という議論は、「輸出企業にはプラス、輸入企業にはマイナス、でも全体はプラスの方が大きい」といったようない「表面的なマクロの議論」になり過ぎているように感じます。

失業率や非農業部門雇用者数などの主要な経済指標で雇用情勢の改善が裏付けられる中で、米国では焦点が「雇用の質」に向けられて来ています。しかし、2年2ヶ月連続で貿易赤字を記録し、輸出数量も伸びない日本では、「経済の質」には焦点があてられず、「円安は景気にプラスかマイナスか」というあまり生産的でない議論に終始しています。

原油を始め、資源や食糧の多くを海外に依存している状況で見落としてはならないことは、「円安によるデメリットは国民全体に及ぶ」のに対して「円安に伴うメリットは、外国人旅行者の増加などを除くと、主に輸出企業という特定の範囲に限られる」という点です。つまり、「富の配分」という観点から見ると円安は、「国民全体から輸出企業に富の移転を起こしている」ということになります。

ですから、円安メリットとデメリットを単純に足して「全体としてプラスかマイナスか」という議論よりも、円安によって「国民全体から輸出企業に富の移転を起こす」ということが、今の日本経済の状況に適切なのかという議論の方がより重要です。

問題は、政策当局がどのような日本経済の姿を目指して政策運営にあたるかという点です。

日本が「デフレからの脱却」を図るためには、「経済規模(GDP)の維持、拡大」ということが「制約条件」となります。さらには、日本は財政健全化を迫られていますから「財政支出を増やさない」ということも「制約条件」となります。

よく知られている通り、GDPの約60%は住宅投資を含めた個人消費が占めています。こうした状態での円安に伴う物価上昇は、個人の実質購買力を落すことでGDPの押し下げ要因になります。円安に伴う個人の実質購買力低下を補って「制約条件」である「GDPを維持、拡大」を達成していくためには、企業の設備投資や公共投資、政府支出、純輸出などの他項目を伸ばす必要があるということになります。

GDPにおいて企業の設備投資は約68兆円(14年4-6月期名目)で、約300兆円(同)の個人消費(住宅を含む)の22%程度ですから、個人消費の1%、3兆円の落ち込みを補うためには設備投資が4.1%強伸びる必要がある計算になります。

重要なことは、個人消費が落ち込み国内需要が減る中で、企業が設備投資を大きく増やすというのは可能性として高くないということです。もちろん、輸出が大幅に伸ばせる期待が高いのであれば、個人消費が落ち込む中でも企業が設備投資を増やす可能性が無いわけではありません。

しかし、輸出は海外の景気動向など、日本の政策当局ではコントロール出来ない要因の影響を受けますし、日銀総裁の「リスク要因としては、新興国・資源国経済の動向、欧州債務問題の今後の展開、米国経済の回復ペースなどが挙げられます」(10/8付日本銀行「総裁記者会見要旨」)という発言が正しいとしたら、リスクは国内に存在せず海外にしかないわけですから、企業が積極的に輸出拡大を目指して国内での設備投資を増やすというのは、論理的なものではなく説得力に欠けるものです。もし企業が設備投資を積極的に行うとしたら、日銀総裁の示す「リスク要因は海外にしかない」という見立てが間違っていて誰も信じていないことの証左ですから、これはこれで恐ろしい事態です。

したがって、個人消費が落ち込む中で「GDPを維持、拡大」を目指すためには、公共投資か政府支出を増やす必要性が高いということになります。

公共投資と政府支出はGDPベースで約125兆円ありますから、約300兆円の個人消費を下支えする主体としては最有力主体です。しかし、個人消費の減少によるGDPの落ち込みを、公共投資を始めとした政府の支出で埋め合わせるということは、「財政支出を減らす」という「制約条件」を満たさない選択肢ということになります。

つまり、政府支出を増やすことで「GDPの維持、拡大」という「制約条件」を満たすことは出来ますが、「財政支出を減らす」という「制約条件」は満たすことが出来ないということです。

海外からフォローの風が吹かない限り、「GDPの維持、拡大」と「財政支出減少」という2つの「制約条件」を満たすという観点からは「円安は日本経済にマイナス」であるということになります。そうした中で、「国民全体から輸出企業に富の移転を起こす」円安にどれほどのメリットがあるのでしょうか。

「仮に、何らかのリスク要因によってこうした見通しが下振れ、『物価安定の目標』の実現のために必要になれば、躊躇なく調整を行っていく方針です」(10/8付日本銀行「日本経済:慎重論に答える」)

黒田日銀総裁は、「2%の物価安定目標」を達成が危ぶまれる場合には、躊躇なく追加緩和に踏み切る方針であると繰り返しています。しかし、追加緩和は個人消費の一段の原則もたらし、GDP縮小を埋め合わせるために財政出動を迫るものでしかありません。つまり、日銀による追加緩和は、「経済成長」も「財政再建」にも逆行する政策でしかなくなって来ています。

日銀が「2%の物価安定目標」を達成できずにテーパリング(緩和規模縮小)に追い込まれれば、金融市場に大きな混乱が及ぶ可能性は否定出来ません。しかし、「2%の物価安定目標」の達成を目指して追加緩和に向かえば「経済成長」も「財政再建」も遠退きますから、追加緩和に踏み切っても市場の混乱は起きる可能性が否定出来ません。

「2%の物価安定目標」という誤った目標設定と、消費増税という誤った政策判断の相乗効果によって個人消費が縮小してしまったことで、日本経済と金融市場は「under control」ではなくなってしまいました。懸念されることは金融市場が「under control」でなくなりつつある今でも、GPIFは「GPIF改革」と称して国内株式や海外のリスクアセットを増やしていくのかということです。フロー(収入)が細る中で、ストック(資産)が傷付いてしまったとき、日本経済は何を支えに立ち直ればいいのでしょうか。

「円安が日本経済にとってプラスかマイナスか」という議論ではなく、日本経済が「経済成長」と「財政再建」という「制約条件」を抱えているなかでは、追加緩和による円安政策であれ、消費増税であれ、個人消費を抑制するような政策は選択出来ないということを認識することが重要だと思います。

追加緩和による円安誘導や、消費増税による税収拡大政策以外の対策を見出さない限り、アベノミクスは頓挫し、日本経済は失速しかねない状況にあります。「経済又は財政に関する政策について優れた識見を有する」とされる有識者達には、事の重大さを認識して頂き、言葉のお遊びに過ぎない「成長戦略」ではない、現実的な大胆な政策を編み出してほしいものです。

「有識者」ではない筆者の個人的な「政策提言」の一部はこちらで公開しておりますので、参考にして頂ければ幸いです。


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