2014/10/28
改正投資信託法施行 ~「運用成績のいい投信が売れる世界」を目指すのか、「運用成績に関係なく投信を売ることの出来る世界」を目指すのか
「改正投資信託法が12月1日に施行され、投信の規制が大きく変わる。銀行や証券会社が投信を保有する顧客に分配金を含めた通算損益を定期的に通知する制度が始まり、運用報告書も分かりやすい簡易版が登場する。投信の仕組みを理解しやすくして、投資判断が分配金に偏った市場を是正する狙いだ。今後、投信の売れ筋が変わる可能性もある」(27日付日本経済新聞 「投信成績 分かりやすく」)「投信の仕組みを個人が理解しやすいようにすることで、貯蓄から投資を後押しする」ことを狙った改正投資信託法が12月に施行されることで、分配金を含めた通算損益の定期的通知制度が始まり、運用報告書も分かりやすい簡易版が登場するようです。
「自己責任原則」と「適切な情報開示」はセットですから、こうした動きが出て来るのは当然でもあります。
しかし、これによって「貯蓄から投資へ」という流れを後押しできるかは疑問が残るところです。もし、「分配金などの投信の仕組」が理解されていないことが「貯蓄から投資へ」の足枷になっているのであれば、今回の改正は効果を発揮するかもしれませんが、原因が別のところにあるのであれば、その効果はほとんど期待できないということになります。
「金融庁は現在は『特別分配金』と呼ばれる元本を取り崩した分配金の名称を『元本払戻金』と表記するよう業界に求めるなど分かりやすさを求めてきた。通算損益の通知はこうした取り組みの一環だ」(同日本経済新聞)
元本の取り崩しに相当する「特別分配金」の存在が、分配金を分かり難くしていることは確かだと思います。しかし、それ以前に投資信託というのは、一般の人には分かり難いことが数多く存在する商品です。
「投信市場では分配金の多い商品に個人マネーが集まりやすい。公募株式投信の純資産残高上位10本はいずれも毎月分配金を払うタイプだ」(同日本経済新聞)
投資信託の純資産残高上位のファンド(除くETF)を見ると、海外のハイ・イールド債やREITに投資するファンドがずらりと並んでいます。ここで分かり難いことは、ハイ・イールド債やREITに投資するファンドが「株式投資信託」に属していることです。つまり、「株式投資信託」でありながら、株式には全く投資せず、ハイ・イールド債やREITに投資しているのです。
投資信託の説明書の中では、「ファンドは追加型株式投資信託」と明記されています。と同時に「一般社団法人投資信託協会が定める商品の分類方法において、以下のとおり分類されます」と記載され「債券型」に分類されているという説明がなされています。つまり、現在の主流になっているのは「債券にしか投資しない追加型株式投信」だということです。そして、こうした説明は、販売会社が勧誘時に顧客に交付しなければならない「交付目論見書」ではなく、顧客が請求した場合にのみ交付される「請求目論見書」にしか記載されていません。
「債券にしか投資しない追加型株式投信」が主流になっているのは、「債券投資信託」にしてしまうと、元本割れが生じた際に追加募集が出来なくなるという規則があるからです。
また、「分配金が運用による利益からだけでなく、元本の一部を取り崩して支払われることがある」というのも、投資信託の会計ルールによって可能になっているものです。
投信の会計上は、配当金などのインカム収入から運用コスト(多くが信託報酬)を控除した額の範囲内であれば、総合損益(基準価額)がプラスでなくても分配金が出せることになっています。例えば、信託報酬が1.7%程度のファンドで、インカム収入が3%あったとしたら、基準価額の動向に関係なく3%-1.7%≒1.3%の分配金を出すことが可能なのです。毎月分配型ファンドが存在し得るのは、「収益を挙げなくても分配金を出せる」会計ルールがあるからです。
もし、分配金が投資家に誤解を与えていて、それが「貯蓄から投資へ」という流れの足枷になっているのであれば、「株式には全く投資せずに債券だけに投資する追加型投資信託」を「追加型株式投資信託」として扱う詭弁や、「収益を挙げなくても分配金を出せる会計ルール」を改正するのが本筋のはずです。
しかし、こうした「投資信託の販売」に致命的な打撃を与え改正がなされることはありません。「運用能力」とは関係のないところに存在する「投資信託の販売」を成り立たせるための仕組に守られている日本で、運用能力が磨かれていくのか甚だ疑問です。
「運用能力」ではなく、「投資信託を販売するための仕組」に投資せざるを得ないという現実こそが、「貯蓄から投資へ」の足枷になっているという視点も必要です。
インカム収入から運用コストを控除した額を分配原資とする毎月分配型投資信託にとっての最大の敵は、「インカム収入≒金利の低下」です。ここに来て世界的に金利は低下傾向を示しています。従って、毎月分配型ファンドが分配金を維持するためには、よりリスクの高いもの(ハイ・イールド債ならより格付けの低いもの)に投資して行く必要があります。「投資信託の仕組」に投資するしかない投資家たちが、「投資信託の販売」を可能にする分配金水準を維持するために知らないうちにより高いリスクを取らされていく構図で「貯蓄から投資へ」が進むとしたら、その方がよっぽど危険のような気がします。
「なぜかくも人気がないのか。原因を探る過程で、ある象徴的なファンドを見つけた。野村アセットマネジメントが2000年に設定した『ストラテジック・バリュー・オープン』だ。
実はこのファンド、プロの日本株運用者の間では長期間、安定的にベンチマーク(=運用指標)を上回る成績を上げてきたことで知られる。設定以来、年間でベンチマークの東証株価指数(TOPIX)に負けたのは1年だけだ。・・・(中略)・・・だが優れた成績にもかかわらず、国内では売れていない。野村を含めて約40社が販社に名前を連ねるが、類似ファンドを足しても残高は60億円にすぎない。と、ここまでは日本の投信市場ではよくある話だ。
興味深いのが、このファンドは海外で爆発的に売れているのだ。08年に欧州で販売を開始したところ、パーフォマンスの高さに目をつけた年金基金が資金を委託。今では一般の個人も買える公募投信としても欧州、アジア、南米の17カ国で販売しており、海外投資家分の残高は約4500億円に達する。単一の戦略の日本株ファンドの規模としては、世界最大級だろう。・・・(中略)・・・
『運用成績がいい投信がちゃんと売れる市場を作ること。 それが証券界の大きな課題だ』。日本証券業協会の稲野和利会長は言う」(24日付日本経済新聞 「頼りない日本株投信」)
「運用成績がいい投信がちゃんと売れる市場」が理想的であることは間違いありません。ただ、問題なのは、何をもって「運用成績がいい」というかです。
この記事は「ベンチマークのTOPIXに負けたのは1年だけ」ということを基準に「運用成績がいい」としています。しかし、根本的な問題は、「ベンチマークに勝つ=運用性先がいい」と言えるのかということです。

日本では60億円しか売れない投信が、海外で4,500億円も売れるのは、「運用成績がいい」という「判断基準」が日本と海外では異なっているからに過ぎません。
例えば配当金を考慮したMSCI指数でみると、日本株は89年末と比較するとまだ65%程度の水準です。これに対して米国は約8.4倍、英国は約6.3倍になっています。つまり、海外では「ベンチマークを上回る≒絶対パフォーマンスがプラス」であるのに対して、日本では「ベンチマークを上回る≠絶対パフォーマンスがプラス」ということです。
ですから、海外の投資家は「ベンチマークを上回る成績=運用成績がいい」と捉えるのに対して、日本では「ベンチマークを上回る成績≠運用成績がいい」とは捉えられないのです。
本来投資家が求めているのは「ベンチマークを上回る」ことではなく、「運用パフォーマンスがプラス」であることです。ベンチマークがほとんど上昇していない日本で、いくら「ベンチマークを上回る成績=運用成績がいい」と主張しても、投資家が納得しないのは当然のことでもあります。運用パフォーマンスがプラスになる可能性が高いとは言えないわけですから。
本当に「運用成績がいい投信がちゃんと売れる市場」を目指すのであれば、「投資信託を販売する」ための商品性に関する詭弁や、「運用成績に関係なく分配金を出せる会計ルール」などを見直すべきです。そうすれば、運用成績のいいファンドしか分配金を出せないことになり、運用成績の悪いファンドは販売できなくなりますから、投資家にとっても、商品選択の手間が省けるという利点が出て来ます。
バブル崩壊後の投資信託業界の歴史は、「運用成績に関係なく投信を販売出来る仕組み」を作り上げて来た歴史でもあります。こうした「バブル崩壊後のレジームからの脱却」をして、「運用成績のいいファンド以外売れない仕組」を目指すのか、これまで通り「運用成績に関係なく投資信託の販売が出来る仕組」を維持して分配金の説明程度でお茶を濁すのか。「貯蓄から投資へ」を実現するための大きな岐路に差し掛かっているのかもしれません。
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