2014/11/01
コストを掛けて国民から一条の光を奪う「日銀追加緩和」
(2014年11月1日)「このところ原油価格も大幅に下落しており、物価の下押し要因として作用している。短期的とはいえ物価下押し圧力が残る場合、着実に進んできたデフレ心理の転換が遅れるリスクがある」(1日付日本経済新聞 「日銀総裁会見の要旨」)
黒田日銀総裁は31日の金融政策決定会合後の記者会見で、今回「追加金融緩和」に踏み切った理由について、このように述べました。
中央銀行総裁の発言として恐ろしいことは、原油価格の下落を「物価の下押し要因」として捉えていることです。賃金上昇を伴わない物価上昇局面での原油価格下落に伴うガソリン価格の下落は、一般国民にとって「一条の光」でもあります。しかし、「2%の物価安定目標」という無機質な統計の達成を目標としている現在の日銀総裁にとっては、「デフレ心理の転換が遅れるリスク」のもとで国民生活の「一条の光」を遮ることに何の抵抗もないようです。
自民党税調は酒税差圧縮という大義名分のもとで、第3のビールや発泡酒の価格引き上げを狙っています。そして日銀は「追加緩和」に伴う円安によって、原油価格下落というメリットが国民に届かないように動いてきました。「価格の安いものを選択できない社会」を作ることによって「デフレ脱却」を図るというやり方に、何の意味があるのでしょうか。
そもそも、「デフレ心理」は原油価格の下落によって醸成されて来たものではありません。日本がデフレ経済下であった間も、原油価格は110ドル台まで上昇するなど、穏やかな上昇基調を辿り、堅調に推移して来ています。つまり、国内の「デフレ心理」は原油価格の下落によって醸成されたものでもありませんし、黒田総裁の言う「デフレ心理の転換」も原油価格の上昇によって起きたものでもありません。原油価格とは全く関係なく醸成された「デフレ心理の転換」が、最近の原油価格の下落によって遅れるから「追加緩和」に踏み切ったという理屈は、中央銀行総裁のロジックとしては最低レベルのものだと言えます。
日銀総裁が考えるべきことは、マネタリーベースを2倍の270兆円まで膨らませたにも関らず、何故「デフレ心理の転換」を達成できなかったのかということであり、やらなければならないことは、マネタリーベースを後80兆円増やせばそれを達成出来ると考える根拠を示すことです。こうした日銀総裁として果たすべきことをやらずして「追加緩和」に走るというのは、日銀総裁としての資質に欠けるという誹りを受けても仕方のないことです。
マネタリーベースは9月時点で245兆円を超えており、270兆円という当初目標に対する進捗率は約82%に達しています。進捗率が約82%に達した段階で、「デフレ心理の転換」を実現出来なかったということは、「政策的失敗」だといえるものです。それは、「物価を上昇させればデフレ心理からの転換が図れる」、つまり「デフレ心理がデフレを生んでいる」という原因と結果の認識が誤りだったということです。
当り前のことですが、人は、雨が降って来たから傘をさすのであって、傘をさしたから雨が降るわけでもありませんし、傘を閉じたからといって晴れるわけでもありません。
「デフレ心理」は原油価格の下落を始めとした物価の下落ではなく、「収入の下落・不安定性」によって醸成されて来たもので、物価の下落はその結果に過ぎません。ですから、「収入の下落・不安定性」を改善しない限り「デフレ心理の転換」を図ることは出来ないということです。今の日銀総裁に求められる資質が、こうした一般人の常識を歪める詭弁を構築することだとしたら、嘆かわしいことです。
日銀が予想外のタイミングで「追加緩和」に踏み切ったことで、金融市場は大幅な株高、円安となり、政府やマスコミ、市場関係者の間からは称賛の声が上がっているようです。株価の上昇は一部で資産効果を生むことや、円安で輸出業者が恩恵を受けることも確かです。
しかし、忘れてならないことは、「異次元の金融緩和」にはコストが掛かっているということです。
黒田日銀が「異次元の金融緩和」に踏み切ってから9月までで、マネタリーベースは110兆7413億円増加しています。このマネタリーベース増加分のうち当座預金残高の増加分は107兆5482億円と、マネタリーベース増加額の約97%を占めています。つまり、日銀が増やしたマネタリーベースのほとんどは日銀当座預金に還流して来ており、実体経済の成長にはほとんど何の寄与もしていないということです。
それ以上に問題なのは、足下で約8兆3000億円法定準備預金に対して、準備預金残高が約149兆円積まれているということです。法定準備預金を上回る超過準備預金約140兆円(≒149兆円-8.3兆円)には、日銀は0.1%の金利を付けています(付利)から、この残高が1年続けば日銀は年間約1400億円もの金利を金融機関に支払うということになります。
今回の「追加緩和」によって、マネタリーベースが80兆円増やされ、そのほとんどが超過準備預金に積み上げられるとしたら、それだけで日銀の金利支払い負担は年間800億円増えることになる計算になります。
年間約1400億円の金利負担を負っても「デフレ心理の転換」を実現することの出来なかった政策に、あと約800億円のコストを掛ける意味が何処にあるのか、甚だ疑問です。
しかも、日銀の剰余金(利益)は、国庫納付金として政府に納められるものです。従って、この日銀が負う金利負担約2200億円(=1400億円+800億円)は、日銀の剰余金を圧縮し、国庫納付金の減額要因となるものです。それは翻って、ただですら苦しい国家財政を圧迫することになります。ちなみに平成25年度の日銀の国庫納付金は5,793億円でした。
財政赤字が大きな問題となっている今日、一般会計の圧迫要因になるような「追加緩和」にどれだけの価値があるのでしょうか。日銀総裁ならば、年換算で1400億円に及ぶ金利負担(コスト)を掛けても「デフレ心理の転換」というリターンをあげられなかったことに対する反省と、新たに年換算で800億円という新たなコストに見合うリターンがあると考える論理的根拠を示す必要があるように思えてなりません。
日銀総裁というポジションが、「日銀総裁とはいいですね。二つ覚えておきゃいいんですから。『景気の前向きな循環メカニズムはしっかりと作用し続けている』、何があってもこれを言う。で、後は『今後とも2%の物価安定目標の実現をめざし、量的・質的金融緩和を継続する』。この二つなんです。まあ、何回使ったことか」(拙Blog~日銀総裁を務めるために必要なたった「2つの台詞」)というように、「2つの台詞」を覚えれば務まるような軽いものになってしまっているところが日本経済の問題点に思えてなりません。
黒田日銀が打ち出した「追加金融緩和」によって、金融市場は大幅な株高、円安に反応しました。しかし、今回の決定が金曜日の月末であったことに加え、GPIFの資産配分変更発表と同日になったことなど、テクニカル要因が値幅を大きくした可能性は否定出来ません。また、GPIFの資産配分の見直し、追加金融緩和と、日本が今持っている手持ちのカードを全て切った状況になったことも事実です。
10月31日、ハロウィンの日にGPIFの資産配見直しと日銀の追加緩和によって仮装した金融市場。何時まで仮装した姿でいられるのか、要注目です。
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