徳俵に足がかかった黒田日銀 ~「2%の物価安定目標達成のために何でもやる」が金融を崩壊させる

◆ 物価の基調的動きは「下落」している
「日銀は21日、金融政策決定会合を開き、2015年度の物価上昇率見通しを従来の1.7%から1.0%へと引き下げた。原油安の影響で2%の物価目標の達成は遠のいた格好だ。…(中略)… 日銀は物価の基調をみるうえで、生鮮食品を除く消費者物価指数を重視している。だが、昨年後半からの急激な原油価格の下落の影響で、上昇率が大幅に鈍化していた。原油の影響を除いた物価で政策判断すべきだとの議論も出てきそうだ。」(21日付日経電子版)

黒田日銀もいよいよ徳俵に足がかかったのかもしれません。

黒田日銀は、21日の金融政策決定会合で「2015年度の物価上昇率見通しを従来の1.7%から1.0%へと引き下げ」を決めました。

「消費者物価は基調的な動きに変化はないが、原油価格の大幅下落の影響から15年度にかけて下振れる」(同日経電子版)

日銀は消費者物価の見通しを引下げた理由として、原油価格の大幅下落の影響を上げました。確かに原油価格の大幅下落は物価押し下げ要因になるものです。しかし、消費増税実施後の消費者物価の「基調的な動き」が原油価格の動向とは関係なく「下落基調にある」ことを忘れてはなりません。

スーパーで扱われている生鮮商品を除く食料品や日用雑貨などのPOSデータをもとに算出されている東大日次物価指数をみると、昨年4月の消費増税以降、原油高が続く中でもマイナス圏で推移して来ています。

東大日次物価指数の調査対象は加工品ですから、そのコストに原油価格は間接的に含まれています。原油価格が100ドル前後で推移していた時から東大日次物価指数は前年比マイナス圏で推移して来ている事実が物語っていることは、消費者物価の「基調的な動きは下落基調にある」ということです。

つまり、異次元の金融緩和による物価押し上げ効果は現実的にはないということが時間の経過と共に明らかになって来ており、原油価格の動向とは関係なく黒田日銀が物価見通しの引下げに追い込まれることは時間の問題だったといえます。消費者物価がマイナス基調から脱することが出来ない中での原油価格の大幅下落は、黒田日銀総裁にとっては尤もらしい口実を与えてくれた助け舟でしかなかったといえます。

◆ 詭弁が使えなくなった異次元の金融緩和
「日銀の金融政策は為替を目標にしていない」

黒田日銀総裁は金融政策決定会合後の記者会見でこのように発言されていました。中央銀行総裁が金融政策と金融市場を関連付けるような発言をしないというのは世界の常識ですから、例え異次元の金融緩和の目的が円安であってもこのような発言をするのは当然のことです。

中央銀行が自国通貨安を目標とした金融政策をとることを公言することは許されませんから、黒田総裁はこれまで異次元の金融緩和の目的を円安以外に設定するという詭弁を用いて来ました。

「イールドカーブ全体の金利低下を促す観点から、長期国債の保有残高が年間約50兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行う」(2012/4/4:「量的・質的金融緩和」の導入について)

「長期国債について、保有残高が年間約80兆円(約30兆円追加)に相当するペースで増加するよう買入れを行う。ただし、イールドカーブ全体の金利低下を促す観点から、金融市場の状況に応じて柔軟に運営する」(2014/10/31:「量的・質的金融緩和」の拡大)
異次元の金融緩和の目的が円安誘導であることは公言できませんから、黒田日銀は異次元の金融緩和導入した時も、追加緩和に踏み切った時も、その目的に「イールドカーブ全体の金利低下を促す」ことを上げて来ました。

しかし、ここに来て世界的にイールドカーブが低下(フラットニング化)し、日本でも5年債までがマイナス金利になってきたことで、「イールドカーブ全体の金利低下を促す」ことを口実とした量的緩和は難しくなってきました。

日本イールドカーブ20150120


◆ マイナス金利の常態化は金融崩壊を招く
金融市場においては10年債など残存期間の長い国債を含めてイールドカーブ全体がマイナス金利になることはあり得ることですし、実際に先日対ユーロでの上限撤廃に踏み切ったスイスの国債利回りは、先進国の10年国債として初めてマイナス金利になりました。

金融市場においてイールドカーブ全体がマイナスになることはあり得ますが、それは金融システムを破綻に追い込みかねないことでもあり、中央銀行がとれる政策ではありません。

銀行のビジネスモデルは、短期で資金を調達し、それを長期で運用することで利鞘を稼ぐというものです。つまり、期間の長い金利の方が短期の金利よりも高いことを前提に成り立っているビジネスです。

20日時点での日本の金利は、短期金利(無担保コール)が0.07%程度、期間1年の国債の金利が▲0.022%となっていますから、無担保コールでお金を調達して1年国債で運用すると損失が生じる逆ザヤ状態になってしまっています。

もし中央銀行がこうした逆ザヤ状況を解消しようとしたら、政策金利をマイナスにしなくてはならなくなります。

マイナス金利というのは、お金の貸手が金利を支払い、借手が利息を貰うということです。もし、政策金利をマイナスに誘導することになると、銀行預金金利もマイナスになることになります。銀行預金は銀行にとっては預金者からの借金であり、預金者にとっては銀行に対する貸付けになりますから、マイナス金利になるということは、預金者が銀行に預金すると銀行に金利を取られるということになります。

預金をすると銀行に金利を取られるとしたら、誰も銀行に預金をしなくなってしまいます。銀行は資金の約77%を預金で集めていますから、誰も銀行に預金をしなくなれば資金調達がままならなくなり、結果的に銀行が貸出しを増やすことは出来なくなってしまいます。こうした事態は、一方では日本国債の暴落を引き起しかねないもので、間違えたらマイナス金利下での長期国債の暴落、あるいはマイナス金利下での貸剥がしという金融恐慌を誘発しかねないものです。

ようするに、イールドカーブのフラットニング化が行き過ぎ、マイナス金利が常態化してしまうと、金融自体が止まってしまうことになりますから、日銀は「イールドカーブ全体の金利低下を促す」という口実では追加緩和は出来ないという状況に追い込まれたということです。

今回物価見通しを引下げたにもかかわらず、「今回の見通しでドバイ原油価格が16年度にかけて1バレル70ドル程度に穏やかに上昇していく」という他力本願に委ねて日銀が何の行動も起こさなかったのは、「イールドカーブ全体の金利低下を促す」という口実以外に追加緩和に踏み切る適当な口実と、金融システムに悪影響を及ぼさない形で円安誘導する手法を見付けられなかったことが原因だと思います。

円安誘導という本心を隠すために、黒田日銀は「イールドカーブ全体の金利低下を促す」という詭弁を用いて来ました。その成果として「イールドカーブ全体の金利低下」は達成され、5年債までの期間はマイナス金利になりました。こうした異次元の金融緩和が生み出した成果によって、いまや「2%の物価安定目標」が達成できないことが問題なのではなく、「2%の物価安定目標」を達成するために異次元の金融緩和をさらに推し進めること自体がリスクになって来てしまっているのです。

◆ 中央銀行の独立性を奪って来た代償?
株式市場を中心に、日銀のさらなる追加緩和に対する期待は根強いものがあるようです。しかし、原油価格の大幅下落などの影響もあり、イールドカーブが世界的にフラットニング化し、マイナス金利が珍しくなくなって来たことで、金融政策の舵取りが極めて難しくなって来ていることには注意が必要です。

金融政策が極めて難しくなるなかで、「金融の専門家」ではない「行政官」が舵を取る日銀と、金融的危険性を全く感じず船長の能力を買い被って安心しきっている市場という、「知らないもの同士」の間で上手くコミュニケーションを図ることが出来るのでしょうか。

「物価目標に進んでいかなければ、ちゅうちょなく調整」(同日経電子版)

黒田日銀総裁は、記者会見で引き続き「2%の物価安定目標」の達成のためにはさらなる追加緩和も辞さない意向を示しました。しかし、イールドカーブがフラットニング化しマイナス金利が珍しくなくなった中でのこうした姿勢は、金融に大きな歪みを生じさせかねない危険な思想でもあります。

「2%の物価安定目標」という出口なき目標を掲げさせた上で「行政官」を総裁に据えることで、政府からの日銀の独立性を奪って来たアベノミクス。安倍政権も国民も、この先その大きな代償を払わされることになるのかもしれません。


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